2017-06

2015・6・12(金)ラザレフ指揮日本フィルのショスタコーヴィチ「8番」

     サントリーホール  7時

 ブルッフの「ヴァイオリン協奏曲第1番」が最初に演奏される。
 ラザレフの指揮が剛直で力感たっぷり、仁王のようなブルッフとなったが、ソリストの堀米ゆず子もシンの強い音で、少し荒いけれども豪快に弾くから、その意味ではいい組み合わせかもしれない。しかし、堀米の流動的なテンポによる細かいニュアンスを支えるには、「斧で一刀両断」的なラザレフの指揮は、あまり合わぬかもしれない。
 いずれにせよ、熱気は充分で、集中性に富み、ソロ・オケともに迫力のある演奏ではあった。

 第2部は、ショスタコーヴィチの「第8交響曲」。日本フィルの定期では、だいたい1日目の演奏は少し荒くて未完成の傾向あり、ということが多いものだが、今日はなかなかまとまりの良い演奏だった。
 第1楽章冒頭から、弦楽器群のしっとりした音色(落ち着き過ぎていたかなという印象もある)が響き出す。管も、おなじみトランペットの1番が第3楽章の聴かせどころで少々暴れ気味の傾向がなくもなかったけれど、トロンボーン・セクションやイングリッシュホルンの活躍をはじめ、充分に熱っぽい演奏を聴かせてくれた。

 日本フィル(コンサートマスターは扇谷泰朋)は、怒号、狂乱、絶叫の大熱演である。だがその咆哮は、もはや乱れたり濁ったりすることもなく、響きにも均衡が保たれている。これが、ラザレフに鍛えられたこの楽団の成果の一つだろう。楽想が暗から明へ移って行く瞬間などでのニュアンスも、明確に描き出されていた。

 唯一、第3楽章でトランペットを中心に全管弦楽が潮の引くようにデクレッシェンドして行くあの印象的な個所で、スネア・ドラムだけがフォルティシモのままずっと叩き続けられていた━━つまり、これでは他の楽器の「漸弱」が意味をなさない━━ことには疑問が残ったが。

 だがとにかく今日の演奏は、ラザレフ&日本フィルのショスタコーヴィチ・ツィクルスの中でも、上位に置かれるべき演奏ではなかったかと思う。若き日に、この作曲家と同じ時代を過ごしたことのあるラザレフには、音符の一つ一つに一種の共感を抱くことができるのだろう。少なくとも、そういうことを感じさせてくれる指揮だったのである。

 全曲の大詰では、ラザレフはまた無音の中でずっと指揮を続けていた。あたかも、このあとも音楽は無限に続いて行くのだ、ということを意味するかのように。そのため、長い静寂は保たれた。水を打ったような静寂ではなかったものの、ここで咳を必死に堪え、抑えていた人たちは、さぞや辛かったろうと同情する。
 昔、ラザレフがボリショイ響と来日してこのホールで「8番」を指揮した時、P席に座っていた1人の客が、未だピアニッシモで演奏が続いているにもかかわらず拍手を始め、周囲の制止をも聞き入れず延々と手を叩いていたため、客席が非常に険悪な雰囲気になったことがあるが、それに比べれば今日の咳などは・・・・。

 演奏後、アフタートークがあった。「ラザレフ、おおいに語る」と題されていたが、本当に30分以上、大いに語ってくれた。来シーズンに演奏するショスタコーヴィチの交響曲(6番、9番、15番)の話が中心で、「15番」の初演時のリハーサルでの出来事などの面白いエピソードも披露され、会場にも何度か笑いが起こり、ラザレフも楽しそうに話を続けていた。小賀明子さんの明晰な通訳にも助けられた。

コメント

>未だピアニッシモで演奏が続いているにもかかわらず拍手を始め、周囲の制止をも聞き入れず延々と手を叩いていたため、客席が非常に険悪な雰囲気になったことがあるが、

今回もそのときと同じサントリーホールということで、私はそのときの悪夢のため怖くて行けませんでした。完全なトラウマです。もう20年以上経つのに…。

前半は堀米の熱のこもったソロに比べオーケストラはあまり盛り上がってないような印象を私は受けました(一階二列目センター)。然し後半は期待通りの爆演(いつも思うことですが、それでもまだ本気を出していないんじゃないかという気もしましたが・・・でも十分良い)。今、日本のオケで聴ける最高のショスタコーヴィチ演奏はこのコンビでしょう。次が楽しみ! ボリショイ響の拍手フライングの件・・・他の客に制止されてもやめないなんてとんでもない異常者ですね。たしかにそれに比べればあの咳はいい方ですが・・・でも隣じゃなくてよかった。

私は二日目を聴きました。(1階15列中央)
先生はいつも絶賛なさる都響や東響に比べて、常から日本フィルには心なしか辛口派のご様子。でも、「第4番」「第11番」にも増して、日本のオケとは思えないレヴェルで体験できたことに驚いています。あれだけの「第8番」を都響や東響など他のオケでは決して体験できないと思います。演奏評価は個々人それぞれですが、プロの評論家の中で最も信頼されている東条先生ともなれば、その影響力は絶大なものがあるでしょう。業界内の諸事情もあるかとは存じますが。

ラザレフが曲が終わっても指揮動作を続けるのは、この「第8番」とチャイコフスキー「悲愴」くらいでしょうか。読響との「悲愴」でも体験しています。

ところで、しばしば遭遇する異常な客についてはどうにかならないものでしょうか。
以前サントリーホールでのこと。バレンボイムがバッハの平均律を弾いた時に、24曲の1曲ごとに拍手をする女性客が「たった一人」だけ居ました。それも1階席で。バレンボイムが明らかに不快な表情で制止したにも拘らず、最後まで止めることはありませんでした。いったいドアー口に座って待機している係員は、何のために居るのでしょうか?

ついでにこれもサントリーホール。補聴器ノイズについても放置が普通です。その筋の関係団体に対する礼儀とでも考えているのでしょうか。ウッカリ制止してサントリー製品の不買運動を起こされては困るから?

その例の一部として、朝比奈隆指揮都響の時の事件は余りにも有名で終演後に多くの聴衆がデスクに抗議に殺到。また、デプリースト指揮都響の時も悲惨でした。その強烈なノイズは2階席からでしたが、1階席まで盛大に鳴り渡り、15列に居たデプリースト夫人が腰を浮かせながら不快な表情で音源方向を睨みつけていました。開演前にアナウンスで注意を呼び掛けていますが、当の本人に聴こえている保証はありません。

カンタータさん、このレセプショニストとよばれる女性係員ですが私にとってはただ目障りなだけの存在です。彼女達は周りに迷惑をかけている客に対しては見て見ぬふりをするのに、そういった迷惑客が嫌で他の席に移動する客に対しては容赦なく注意をするのです。更には係員本人が演奏中に盛大に雑音を発していたという事実もあります(2013年11月横浜みなとみらいホール、インバル/都響マーラー7番)。なので係員や主催にいくら言っても無駄です。まともな客同志が勇気を出して注意をするしかないのです。私は隣、前後に迷惑な客がいた場合容赦なく注意するようにしてます。逆ギレする人も時々いますが、たいがいは素直に聞いてくれますよ。

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