2017-06

2015・6・5(金)ユーリ・テミルカーノフ指揮読売日響のマーラー「3番」

    サントリーホール  7時

 今日もマーラー。「交響曲第3番」。新国立劇場合唱団(女声)とNHK東京児童合唱団、小山由美(メゾ・ソプラノ)が協演。

 テミルカーノフの指揮━━彼がレニングラード・フィルのシェフを引き継いだ直後の来日公演で指揮した「巨人」のことを、ふと思い出した。それは当時としてはおそろしく先鋭的な、随所に誇張・強調を施した個性的な解釈のマーラーだった。今は彼の音楽も、良くも悪くも円熟し、かなり温厚になったような気がする。

 今日の「3番」も、骨太な音楽づくりで、ストレートに滔々と押して行く演奏だ。第1楽章は予想以上にテンポが遅く、これは相当長くなるぞと覚悟をしたのだが、その後は中庸を得たテンポとなり、特に第6楽章はかなり速いテンポで盛り上げられて行った。
 この第6楽章では、悠然とした「平安」や「安息」などでなく、むしろ前楽章から引き継いだ歓びの感情を抑えがたく、その昂揚感に身を委ねて行く、といった表現がテミルカーノフの解釈であるように思える。

 小山由美は、いつものように深みのある歌唱。合唱はP席に配置され、児童合唱団はやや硬質の声で元気よくリズミカルに歌い、その背後から響いて来る女声合唱と面白い対比をつくり出していた。
 読響(コンサートマスター・日下紗矢子)は最終楽章で弦が情熱的に昂揚した。だが第1楽章では、管が遅いテンポを保ち切れなかったような印象がないでもない。

 今日の演奏は、読売日本交響楽団にしては完璧な出来とは言い難い。あちこち少なからず、いろいろなことがあった。カンブルランが指揮した4月上旬の頃までは良かったのに、このところ読響はちょっと荒れて来ているようである・・・・。

コメント

テミルカーノフ

御無沙汰しています。
私が投稿しますと、その演奏会を聴いてもいないのに、私を標的にいろいろ絡んでくる方々が出てきて、先生にご迷惑とご不快をお掛けするので、暫く自粛していました。前回の騒動を引き起こした一人として、先生に心よりお詫び申し上げます。

私は1階16列21番という真中央で聴いていました。
一言いうとテミルカーノフは歳を取ったな、という思いが拭えませんでした。特に第1楽章は40分近くを要しただけでなく、全体に緩みというか、ふと集中力が途切れることも指揮者からこちらに伝わって来ることが再三でした。比較はナンセンスですが、以前マンフレッド・ホーネックが読響と同曲を振った時の、あの素晴らしさを思い出してしまいました。

その兆候がはっきり出てきたのは、前回のサンクトペテルブルク来日公演でした。そのサントリー公演では、用意していたアンコールも結局振らず、楽員が首をかしげるほどだったのが印象に残っています。テミルカーノフにとって(も)、思うことが充分できず、不満な演奏だったことは聴いていて明らかでしたから。

話しは逸れますが、超厳格で鳴らしてきた大指揮者が、高齢になって急に衰えを見せる例は少なくないようです。トスカニーニやカラヤンなどがその例ですし、最近ではフルネはきわめて酷いまま都響との指揮活動を続けていました。逆に老いてますます盛んな例は、モントゥーや、来年1月下旬にも読響を振るスクロヴァチェフスキがその代表でしょう。尤もスクロヴァチェフスキは、次回は大事をとって同じブルックナープロの「特別演奏会」をサントリーとオペラシティで振るに留めるとか。最近のミネソタ響では元気だったそうですから、来日は大丈夫でしょう。

話をテミルカーノフに戻します。
合唱は新国立60名と、児童合唱団49名。日本で聴くことが出来る最良の合唱でしょう。ま終楽章でのテミルカーノフの指揮は、彼の「老い」が良い面で発揮された「成熟」の極みでした。私は終演後拍手せず、その感銘が消えないように、そぼ降る雨の中を帰途に就きました。あのテンポとリズムに歩を合わせて。テミルカーノフの高齢ゆえの衰えと、新たな面の両方を感じ取って。

テミルカーノフの次回の来日がもしあるとするならば、プログラム次第ではもう一度聴いてみたいと思います。ショスタコーヴィチやマーラーでは無く、「田園」ならば言うことが無いけれど。

東条先生、こんばんは。ご無沙汰しています。
先生のお姿は時折お見かけしていましたが、あまりコメントすることもなく(先生と同意見のことが多いため?)おりましたが、今回は一言。
読響が好調だという世評を聴いて定期会員になってみました。が、残念ながらそれほどではないように感じます。いただいた席が良くないのかもしれませんが、管楽器のアンサンブルがあまり良くないように感じます。とくにこの日のマーラでのクラリネットとトランペットは東京のトップクラスとは言い難いものがあったと思いますがいかがでしょう?(蛇足ながら、ティムパニのピッチの狂いが第1楽章全体を壊してしまっていたと感じたのは私だけでしょうか?)
前回のショスタコーヴィチは、指揮者が若い、ということで許せるとして、さらにその前のカンブルランのブルックナーはカンブルラン流だということにするとしても・・・
今日、東響の客席でも先生をお見かけしました。フライングですが、今日のノット=東京のブルックナー7番とメタモルフォーゼンは名演だったと思います。ノットという指揮者、以前聴いた時(2006年のLAPO定期)にはあまり評価していなかったのですが、今回見直しました。というより自分の評価眼のなさを反省しました。良い指揮者を得た東響の調子も良いようです。(心配なのは新日フィル)
読響ももっと頑張ってほしいと思います。

<<彼がレニングラード・フィルのシェフを引き継いだ直後の来日公演で指揮した「巨人」のことを>>

自分も覚えています。もう、そんな年月になったのですね。少し馴染めなかった演奏だったことを印象に残していました。

で第3交響曲。うーん、客演先がロイヤルフィルのようなオケで日本で実現したらどういう結果になったろう。少しはちがっているかも。

テミルカノフも歳を重ねた指揮者の仲間入りしてきているから、少し残念な出来だったような気がする。

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