2017-06

2015・6・4(木)トーマス・ヘンゲルブロック指揮北ドイツ放送交響楽団

     サントリーホール  7時

 首都高が幸い空いていたので、6時過ぎには都心に着く。

 「アドルフに告ぐ」の内容が、深刻な「ナチスとユダヤ人」の問題。そのあとに行ったハンブルク北ドイツ放送響の来日演奏会のプログラムもユダヤ系の作曲家━━メンデルスゾーン(ヴァイオリン協奏曲ホ短調)とマーラー(「第1交響曲《巨人》」のハンブルク稿)とは、偶然とはいえ出来過ぎた話。
 しかもその締め括りに、なんとワーグナー(「ローエングリン」第3幕前奏曲、アンコール曲)が出て来て、・・・・まあ、しかし、政治絡みのこういう話はやめておこう。

 協奏曲では、アラベラ・美歩・シュタインバッハーがソリストとして協演。毅然たるものを感じさせる音楽づくりの裡に、濃厚で情熱的な表情で自己を主張する演奏は、いつもの彼女と同じだ。時に嫋々として表情過多になる傾向もあるが、彼女はベートーヴェンの協奏曲などでもえらく甘美なカンタービレを利かせることもある人だから・・・・。ソロ・アンコールで弾いたプロコフィエフの「ソナタ 作品115」第1楽章の音色の、なんと洗練された美しさ。

 「巨人」は、このところ話題になっている「ハンブルク稿」による演奏だ。
 ハンブルクに本拠を置くオケだからハンブルク稿を━━というわけでもあるまいが、ヘンゲルブロックはこの曲をCDにも入れている。もっとも、同じハンブルク稿とはいいながらも、これはハンブルク初演後に改訂した楽譜を基にした演奏だろう。かなり現行版に近くなっている稿である。
 それにしても、これを聴きに来たファンも多いはずだから、プログラム冊子にも、もう少し「1893年ハンブルク版」なるスコアと現行版との違いについて、ある程度までは詳しい解説を掲載してもらったほうがよかったのではないか。

 今回は「花の章」でのソロ・トランペットを、下手側ヴァイオリン群の後ろに移動させて立たせ、演奏させたが、「5番」のソロ・ホルンと違ってそれほど際立たぬソロだけに、大して効果的な方法とも思えない。
 ヘンゲルブロックの指揮は、微に入り細にわたって神経を行き届かせたもので、緩徐個所のテンポも極度に遅い。ただしそのわりに、オーケストラの爆発部分における演奏は、あまり精緻でない。特にトランペットとホルンの一部にこのオケらしからぬ乱れも散見されたのは、意外だった。

 「ローエングリン」では、原譜では4本となっているホルンのパートを、ステージ上にいた7本のホルン全員で演奏、これはすこぶる壮烈だ。この威圧的なほどの音楽の力は(話を蒸し返すことになるが)やはり「ドイツの」物凄さ、というか・・・・。

コメント

私は大阪公演以外を三日連続で聴きました。第2楽章のトランペット・ソロはたしかに5番ほどの効果はないと私も思いますが、そんな僅かな差異であっても徹底して突き詰めるヘンゲルブロックの職人魂を見た(聴いた)思いです。視覚的な効果は狙ってなく音量的な効果でしょうね。視覚的効果ならその場で立奏させるということもできますしね(第4楽章のホルンも下手側に斜めに配置してベルアップのみ)。ヴァイオリンの後ろに立たせたのは指揮者の横だと移動がスムーズにいかないということからと推測してます。5番のホルン・ソロをどのように演奏させているのかとても興味があります(ハンブルクでは既に演奏されている)。それ以外でもほぼ全編にわたり驚きの連続、どこをとっても普通と違う(版が違うからあたりまえですが現行版と変わらない箇所も、カッコウですら違う!)演奏、たしかに細かいミスはありましたし第3楽章で1番ホルンが外した時はかんべんしてくれと思いましたが(文化会館公演では問題なし)細かいミスなどどうでもよくなる程全体としては充実した演奏だったと思いました。こんな繊細、鮮烈な「巨人」は久しぶりに聴いた!客席の反応がイマヒトツだったのが信じられない。ヘンゲルブロック・・・大天才です。

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