2017-07

2015・5・28(木)サーリアホ:「遥かなる愛」演奏会形式日本初演

    東京オペラシティ コンサートホール  7時

 フィンランドの現代作曲家カイヤ・サーリアホのオペラ「遥かなる愛」の日本初演。

 演奏会形式ではあるものの、正面オルガン前に大きなスクリーンが設置され、歌手の顔や波や雲などをコラージュした映像演出(ジャン=バティスト・バリエール)が付加されていた。3人のソロ歌手━━与那城敬(詩人、ブライユの領主ジョフレ・リュデル)、林正子(トリポリの女伯クレマンス)、池田香織(巡礼)は舞台前面に、合唱(東京混声合唱団)はオルガン下の席に位置。エルネスト・マルティネス=イスキエルド指揮の東京交響楽団が演奏する。
 1階客席には音声と映像の調整卓が置かれ、スピーカーが1階席と3階席に多数、2階席にも1対配置されていた(3階席には客を入れていない)。

 これらのスピーカーの乱立(?)を開演前に見た時は、まさかあの「マッチ売りの少女」みたいなことをやるのではなかろうな、「遥かなる愛」の曲想からしてそんな騒々しい手法は必要ないはずだが・・・・と不安になったが、さすがにそんなことは行われなかった。たしかにPAは一部で使われていたものの、あまりおしつけがましいものではなかった。
 このホールはもともとよく音が響くため、打楽器などにPAが使われると、むしろ音響が混濁してしまう。今回程度の使用なら、まあ悪くはないかなと・・・・だが、無くても構わなかったかな、という感じである。

 東京交響楽団(コンマスはグレブ・ニキーティン)が、いい演奏をしてくれた。耳慣れぬ名のこの指揮者(左手に指揮棒を持つ)も初めて聴いたが、作品の叙情性と、稀に挿入される劇的な昂揚とを、適切に再現してくれた。おかげで、このサーリアホの幻想的な音楽を、あますところなく堪能できた次第である。昔、ザルツブルクで聴いた時と同じように、ハープの柔らかい音色がこの上なく美しく感じられる。

 声楽ソロを彼方からエコーのように包む合唱の澄んだ響きもすばらしく、この手法などはいかにも北欧の作曲家だなと思わせる作風だが、今日は東混がこれを実に巧く響かせていた。
 歌手3人も━━フランス語の発音はともかくとして━━音楽的には好演である。愛と憧憬の感情を情熱的に歌った与那城と林も良かったが、その間に立って、深みと落ち着きと力のある歌唱を聴かせた池田も素晴らしい。
 一方、映像は・・・・2時間半の上演(休憩20分を含む)を「もたせる」には役立っていたかもしれない(まあ、その程度のものか)。 
 ━━しかしとにかく、今回のオペラシティの上演、演奏会形式ながら充実したものだった。

 話は15年前に遡る。この「遥かなる愛」が、舞台上演として世界初演されたのは、2000年8月15日、ザルツブルク音楽祭のフェルゼンライトシューレでのことだった。私は幸いにも、その場に居合わせた。ケント・ナガノが指揮、ピーター・セラーズが演出、ドウェイン・クロフト、ドーン・アプショウらの主演、ゲオルギー・ツィーピンの舞台美術による上演である。

 その舞台では、詩人ジョフレ・リュデルの住むフランスの館は下手側に、トリポリの女伯クレマンスの館は上手側に、それぞれ透明な円柱の建物で設置されていた。前者ではジョフレがエレベーターで上下、後者ではクレマンスが螺旋階段を歩いて上下する。
 その間の「海」には、実際に水がなみなみとたたえられ、巡礼とジョフレを乗せた舟がトリポリ目指して進んで行く。詩人が死んだ後、巡礼はうなだれてまた舟に乗り、その舟は暗闇の中へ消えて行く・・・・といった舞台だ。

 アプショウはタラップを駆け上がったり駆け下りたり、最後は水中に倒れてずぶ濡れになるという大奮闘だったが、その濡れた姿のままカーテンコールに出て来るというプロ根性で、観ているこちらは、風邪でもひきはしないかと、ハラハラしたものである。
 カーテンコールでは、サーリアホは控えめに拍手に応えていた(15年後の今夜もそうだったが)。だがセラーズがひとりではしゃぎまくり、本来は指揮者ケントがやるべき指示である合唱やオケへの起立のサインを勝手に出したり、観客に拍手を送ってその反応を讃えたりと、ちょっと出すぎるよキミ、と言いたくなるような光景だったが・・・・。
 あの時は、5幕全曲2時間10分、休みなしの上演で、さすがに少々疲れたのを覚えている。

 思えば、あの2000年のザルツブルク音楽祭で、そのほかに観たオペラは、「トーリドのイフィジェニー」(ボルトン指揮/グート演出)、「トロイ人たち」(カンブルラン/ヴェルニケ)、「コジ・ファン・トゥッテ」(ツァグロゼク/ノイエンフェルス)、「ドン・ジョヴァンニ」(ゲルギエフ/ロンコーニ)、「トリスタンとイゾルデ」(マゼール/グリューバー)などで━━それはジェラール・モルティエがプロデューサーとして采配を振るっていた時代だった。
 刺激的なプログラムが並び、選曲も、上演スケジュールも、巧く組み合わせて出来ていたものだ。今とは格段の差である。

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