2017-07

2015・5・15(金)宮崎国際音楽祭 ガラ・コンサート

   メディキット県民文化センター(宮崎県立芸術劇場)
   アイザックスターンホール  6時

 13時05分発のANAで、宮崎に入る。こちらは曇天で、かなりの蒸し暑さだ。今回は「第20回宮崎国際音楽祭」の取材。

 1996年にアイザック・スターンを迎えて発足した宮崎国際音楽祭の、「20周年記念ガラ・コンサート」。9時半近くまでかかった演奏会は、さすがに20回記念のそれにふさわしく、豪華な顔ぶれの饗宴となった。

 オーケストラは広上淳一指揮の宮崎国際音楽祭管弦楽団(コンサートマスターは音楽監督・徳永二男)で、プログラムを記録しておくと━━最初にピンカス・ズーカーマンとジュリアン・ラクリンがバッハの「2つのヴァイオリンのための協奏曲」を弾き、以下、横山幸雄がラフマニノフの「ピアノ協奏曲第2番」第1楽章を、三浦文彰がハチャトゥリヤンの「ヴァイオリン協奏曲」第1楽章を演奏、福井敬が「妙なる調和」と「女心の歌」を歌い、諏訪内晶子がシベリウスの「ヴァイオリン協奏曲」第3楽章を弾く。

 20分の休憩を置いての後半は、漆原朝子と漆原啓子がシュポアの「2つのヴァイオリンのための二重奏曲」を、アマンダ・フォーサイスとアンジェラ・チェンがシューマンの「アダージョとアレグロ」を演奏した後、再びオケとの協演に戻り、ボリス・ベルキンがラヴェルの「ツィガーヌ」を、吉野直子と高木綾子がモーツァルトの「フルートとハープのための協奏曲」第1楽章を、徳永二男がサン=サーンスの「序奏とロンド・カプリツィオーソ」を弾き、大トリにはミッシャ・マイスキーとリリー&サーシャ・マイスキーがベートーヴェンの「ピアノ、ヴァイオリン、チェロのための三重協奏曲」第1楽章を演奏する、という具合であった。

 演奏の合間に、宮崎県知事から音楽監督・徳永二男への感謝状が贈呈され、また全体のアンコールではソリスト全員も登場し、手拍子のうちにJ・シュトラウスⅠの「ラデツキー行進曲」が演奏され、賑やかに結ばれた。曲によっては一部を端折ったものもあったが、広上淳一のテンポの良い指揮に加え、朝岡聡の進行もステージ・セット変えの手順も要領よく、演奏会全体はすこぶる快適に進められていた。

 第一流のソリストたちが入れ替わり立ち替わり登場し、腕によりをかけて演奏するのがガラの面白さだが、その中でも、さすがに歌手はエンターテイナー性を発揮できる存在である。福井敬は「女心の歌」を、客席を歩き回りながら朗々と歌ってみせ、一気に聴衆の気持を和ませ、コンサートを盛り上げた(こんな芸当は、当然ながら、ピアニストやチェリストには絶対真似出来ないものだ)。

 一方、諏訪内晶子は、ふだんよりもラプソディックな演奏でわれわれを驚かせた━━ちょっと暴れすぎてオケと合わなくなるという面もあったようだが。
 高木綾子と吉野直子は昨夜スダーン指揮東京響の定期で同じ曲を演奏したばかりだが、たった1日のうちに、全く雰囲気の違う、開放的な感じのする演奏に変わっていたのも面白い━━吉野の方は、両日とも変わらぬ泰然とした演奏だったものの、高木の方は、昨夜は譜面を横に置きながら、スダーンの決めた枠に合わせた少々堅苦しい演奏をしていたように感じられたが、今日は全身をスウィングさせつつ、愉しそうに吹いていたのが印象的だった。

 ズーカーマンの風格充分な演奏も見事。それに宮崎国際音楽祭管弦楽団そのものも、一騎当千の名手たちが中心になった編成だから、アンサンブルはともかくとしても、強いアピール性と華やかさで映える。

 これだけの顔ぶれをそろえた演奏会であれば、さぞやお客の入りも・・・・と思ったのだが、上階席とバルコン席には空席も見られたのは残念だ。一番街にさえ音楽祭のフラッグが軒並み掲げられているくらい、PRには力も入れているように見えたのだが。

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