2017-08

2015・5・13(水)エイヴィン・グルベルグ・イェンセン指揮読売日響

    サントリーホール  7時

 ノルウェー出身の43歳の指揮者、エイヴィン・グルベルグ・イェンセンが読響に初客演。
 彼は2012年にPMFへ登場したというが、私は聴いていなかったので、今回初めてナマで聴くことになる。今夜彼が指揮したのは、モーツァルトの「ピアノ協奏曲第17番」と、ショスタコーヴィチの「交響曲第7番《レニングラード》」だった。

 コンチェルトでは、ソリストのアンドレアス・シュタイアーに合わせて慎重に、しかし柔軟に読響を響かせたイェンセンだったが、「7番」に入ると、今度はおれの領分とばかり、俄かに伸び伸びと指揮しはじめたような感。
 しかし、たいていの場合は物々しく劇的に開始されるこの「レニングラード交響曲」の第1楽章が、これほどすっきりした淡白な表情と音色とリズムとで始められた演奏を、私はかつて聴いたことがない。濃厚なロシア的色彩感覚とは一線を画したショスタコーヴィチで、これはこれで極めて興味をそそられるスタイルである。

 イェンセンは、最弱音を重視し、弦楽器群にも澄んだ叙情的な表情を与えつつ、第1楽章を進めて行く。
 いわゆる「戦争の主題」も、ピアニッシモでの演奏が延々と続き、なかなか姿をはっきりと現わさない、といった演奏なのだ。やっと頂点に達した時の最強奏はなかなかの音量と力感だが、しかしそれも、決して強圧的な印象を与えない。怒号していても、どこかに叙情的な色合いを保っているのである。イェンセンの指揮は、そういう特徴なのか? 
 終楽章最後の壮大な頂点にしても、これでもかと言わんばかりの濃密な音の響層と熱狂的昂揚感がつくられるのではなく、どこかに一陣の風が吹き抜けるような空間を秘めた、一種の冷めた感覚が残っているようにも思われる。

 全曲を通じての読響の音のバランスの良さは実に見事鮮なもので、最近のこのオーケストラの好調ぶりを今回も示していた。コンサートマスターは長原幸太。弦の緻密さは注目に値するが、もちろん管楽セクションもいい。特に今日のファゴットの1番は、その音色の美しさで光っていた。

 アンドレアス・シュタイアーは、モダン・ピアノを、まるでフォルテピアノのような音で弾いた。一つ一つの音符が生き生きと自らを語る。こういうモーツァルトは、本当に魅力的だ。
 だが遅いテンポのところ、特に第2楽章では、アンダンテがさらにアダージョくらいのテンポに落とされ、「間」も長く採られ、オーケストラもろとも自分の沈潜の世界へ引き込んでしまおうという演奏になる。近年は、名手たちも、そうでない人も、挙ってこういう演奏をしたがるようだが、私は時々、その唯我独尊的な演奏スタイルに苛々してしまうことがある━━。
 ソロ・アンコールはモーツァルトの「ソナタK330」の第2楽章、アンダンテ・カンタービレ」だが、これも「アダージョ」のテンポでの演奏。だが陰翳が濃い。

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