2017-11

2015・4・24(金)ゲッツェル指揮紀尾井シンフォニエッタ東京

    紀尾井ホール  7時

 第1部ではアナ・チュマチェンコをソリストに迎えて、モーツァルトの「2つのヴァイオリンのためのコンチェルトーネ」と「ヴァイオリン協奏曲第4番」が演奏され、その1曲目ではコンサートミストレスの玉井菜採もソリストとして加わった。休憩後にはシューベルトの交響曲「ザ・グレイト」。

 サッシャ・ゲッツェルは、神奈川フィルの首席客演指揮者をも務めていて、アンサンブルを引き締める手腕に長けていると定評のある人だ。今日のモーツァルトとシューベルトも、かっちりと強固に絞められた演奏である。
 名手を集めた特別編成オーケストラの、一筋縄では行かぬこの「紀尾井シンフォニエッタ東京」をまとめるには、どうやらこういうタイプの指揮者の方が合っているような気がする。

 ただ、最初の「コンチェルトーネ」は、たしかに引き締まった演奏ではあったけれども、しなやかな表情に不足し、クソ真面目で、音楽する喜びのようなものが感じられないという傾向もあった。初日の1曲目ということで硬かったのかもしれないが、正直言って、この曲がこんなに面白味のないものに聞こえたのは初めてだった(オーボエのソロは美しかった)。

 2曲目の協奏曲では、アナ・チュマチェンコの、多少不安定なところはあるものの、温かい人間味のあふれるソロが生きて、この曲本来の素晴らしさが甦った。オケも、第1楽章と第2・3楽章での表情にかなりの違いがあったことからすると、途中から漸くノリが出て来たのかもしれない。

 「ザ・グレイト」も、第1楽章の主題提示部反復部分からアンサンブルがまとまって来たという感。ホルンが聴かせどころ(第1楽章冒頭と第2楽章第150~159小節)で不安定だったり、第1楽章主部突入直前のフルートが妙に飛び出したり、ということも気になったが━━引き締まった音づくりを狙った演奏の場合には、そういうところがかえって目立ってしまうのである。
 その代り、第2楽章でのオーボエの良さ、トランペットとホルンの掛け合い(第232小節~)のバランスの妙味など、魅力的な個所もあった。

 ゲッツェルは、シューベルトの交響曲にロマン的な陶酔よりも古典的な造型を求めるという、近年の解釈の主流に乗ったアプローチを行なう指揮者であると思われる。
 そのためにも彼は、オーケストラに緻密なアンサンブルと、厳しい集中性を求めるだろう。そうした傾向の指揮者を招聘するのは、オーケストラを引き締めるためにも好ましい━━「雄風ゲッツェル、新たな息吹をもたらす」と、プログラム冊子の中でものものしく謳われている通りだ。

 だが、そういうタイプの指揮者が、厳しいアンサンブルや凝縮した演奏を求めて来た時、常設のオケではなく名手たちがその都度集まる形態を採るこの「紀尾井シンフォニエッタ東京」が、綿密な合奏力や、真摯な音楽性の面でどう応えられるか。今夜の演奏などを聴くと、そこに些かの不安を感じるのも事実なのである。
 これは、このオーケストラについて回る昔からの課題だろう。「みんな上手いから」とか、「定期会員は充分いるから」ということだけで満足するのなら別だが。

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