2017-08

2015・4・22(水)「大阪4大オーケストラの響演」

    フェスティバルホール(大阪)  6時30分

 昨夜の奇怪な、この世のものとも思えぬ外来オケの悪夢を振り払おうと、今日は大阪のオケを聴きに行く。わざわざ行っただけの甲斐はあった。

 これは、大阪の4つの大オーケストラが一堂に会し、同一のステージで順番に演奏するという、実に奇抜なコンサートである。
 大阪では、すでに「大坂秋の陣」「大坂春の陣」(「阪」でなく「坂」がミソ)と題して、飯森範親と藤岡幸夫がそれぞれのオケとともに同一ステージで競演するというのが始まっているが、今回のように4楽団が集合するなどというのは、前代未聞だろう。

 東京なら多分「お遊び」とみられて実現できないであろう企画だが、ここノリのいい関西では、正面切った大イヴェントとして成り立つ。そしてそれは現実に成功を収め、満席となり、真面目に演奏され、真面目に聴かれたのである。これは朝日新聞文化財団の制作で、「第53回大阪国際フェスティバル2015」の一環として開催されたものであった。

 プログラムでは、まず藤岡幸夫指揮関西フィルハーモニー管弦楽団が黛敏郎のバレエ音楽「BUGAKU(舞楽)」を演奏、
 次に飯森範親指揮日本センチュリー交響楽団がサン=サーンスの「第3交響曲」を、
 休憩を挟み、外山雄三指揮大阪交響楽団がストラヴィンスキーの「火の鳥」組曲を、
 そして最後に、井上道義指揮大阪フィルハーモニー交響楽団がベートーヴェンの「第7交響曲」を演奏するというものだった。

 プレトークで4人の指揮者が語ったところによれば、井上がこの企画に真っ先に賛成し、ブラームスの交響曲4曲をそれぞれ1曲ずつ順番にやってはどうだという案を出したところ、飯森と藤岡が「そんなの絶対いやだ」と言ってこういうプログラムになったとか。
 とにかく4楽団とも、それぞれ聴衆をワッと沸かせる性格を持った作品を出して来た。そして、ここを先途と、物凄い気合を入れた演奏を繰り広げた。
 私は4楽団をそれぞれ年に1~3回程度しか聴いていないので口幅ったいことは言えないけれど、いずれもこれほどの大熱演に巡り合ったのは稀である。いつもこういう演奏をしているなら、聴衆の支持も一層高くなり、外部からの「余計な雑音」も撥ね返すことができるはずだが・・・・。

 「4大オケ」の演奏は、はからずも起承転結の構図をつくっていた。藤岡と関西フィルがいつになく凄い気魄で重厚壮大に起すと、飯森とセンチュリー響が体当り的な熱演で承け、一転して外山と大阪響が自然体の落ち着いた演奏を聴かせたあとに、井上と大フィルが文字通り大見得切って結ぶ━━といった具合である。

 もう少し詳しく言うと━━藤岡幸夫と関西フィルは、かつて東京公演におけるシベリウスの交響曲集で、こういう分厚く密度の濃い演奏を聴いたことがある。今回は「民族の力」とでもいったような、大地を揺るがせるような舞踏の力を表出し、手応えのある演奏を聴かせてくれた。こういう場に邦人の作品を取り上げたのも意義あることだろう。選曲の成功である。

 一方、飯森範親と日本センチュリー響は清澄な音色の弦セクションを情熱的に演奏させ、第4楽章での全管弦楽の最初の爆発の個所では、金管とティンパニのクレッシェンドを、実に効果的かつスペクタクルに響かせた。
 ただ、本格的なパイプ・オルガンのないこの会場でこの曲を演奏するのはどうかな、という感は拭えない。この日のオルガンのメカニックな音では、オケを包む宏大な響きは望むべくもなく、クライマックスの肝心な個所でさっぱり響いて来なかったのは致命的である(演奏が良くなかったと言っているのではない)。なお、今夜初めて聴いたコンサートミストレスが、実に表情豊かなステージ姿で弾いていたのが魅力的だった。コンサートには、こういう、視覚という要素も重要なのである・・・・。

 この2楽団の大熱演のあとに登場した外山雄三と大阪響の演奏が、実に自然体で、すっきりした表情に聞こえたのが面白い。誇張もハッタリもなく、淡々とした音楽づくりで、大ベテランの指揮者らしく滋味ある演奏だったが、いうまでもなく「火の鳥」だから、最後の盛り上がりは充分であった。
 ただ、組曲とはいえ、各曲をアタッカで続けずに1曲ずつ切って、間を置いて演奏したことは━━もちろん間違った方法ではないけれども━━通常のスタイルに比べ、些か生真面目すぎるという感もあるだろう。その生真面目なところも外山の持ち味なのではあるが。

 大トリの井上道義と大フィルによる「ベト7」は、16型の大編成で、まさに老舗の貫録をふりかざしてのダイナミックな演奏となった。第2楽章の後半から弦楽器群の音色が突然しっとりしたものになって行ったのが強い印象を残す。このフェスティバルホールの鳴らし方を一番よく心得ているのが、4団体の中で唯一ここを定期の本拠とする大フィルであろう。終った後の井上と楽員たちの、どうだ、大フィルはやっぱり凄いだろ、と言わんばかりの、自信満々ともとれる表情が微笑ましかった。

 かように、「大阪4大オーケストラ」は、明らかにそれぞれのカラーを出していた。が、これがそのまま4つのオケが各々確立している個性かというと、必ずしもそうとも言えないような気がする。むしろ、そのカラーの違いは、指揮者の個性の違いによるもの、といった方がいいかもしれない。

 オーケストラ自身が独自の個性を持つことは、いわゆるクラシック音楽の新興国では、なかなか難しい━━特に「指揮者に従順」な日本のオーケストラにおいては、国民性から滲み出る「日本的な特徴」を別とすれば、オケごとの個性というものは、余程カリスマ的で独裁者的な指揮者に率いられていない限り形成されにくい、という傾向がある。もっとも、それはそれでいいのかもしれない。あとは、レパートリーに各々の特色を出し、心に籠る演奏をすることが、それぞれのオーケストラに課せられた使命ということになるのだろう。

 なお、今回聴いた範囲では、この新しいフェスティバルホールの鳴りが随分良くなって来たという印象であった。昨年あたり、1階席前の方で聴くと、かなり音が硬く、しかも「散る」印象を得たものだが、今回は意外にそういう感がなく、まとまった響きで聞こえて来たように思う。ホールは生き物で、竣工後数年を経なければ「良い音」にはならぬもの。だがこの分なら、予想外に早く音がまとまるかもしれない。

 終演後の「打ち上げ」の際に小耳に挟んだところによると、この「4大」の企画は、来年もやるそうである。内容については私の知るところではないが、コンクールではないのだから、やはり各オケそれぞれにやりたい曲、得意のレパートリーを出す方が面白いだろう。
 指揮者陣のリーダー格の井上さんは「各オケのメンバーがそれぞれ他のオケの演奏を聴くような方法を講じなくては」と言っていたが、これは正論だ。とはいえ、満席完売ではそれは非常に難しいことだろうが・・・・。

 終演は9時半ころ。オーケストラごと入れ替わる大変なステージ転換は、舞台スタッフの人海戦術と要を得た動きのおかげで思いのほか速く進み、2回とも各5~6分で完了、見守る客をだらけさせなかったのは実に見事。

コメント

4大オケ

すごいですね。参考になりました。

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