2017-10

2015・4・14(火)新国立劇場 ヴェルディ:「運命の力」

   新国立劇場オペラパレス  2時

 2006年3月にプレミエされたエミリオ・サージ演出のプロダクション。その時に観たはずの印象がどうも定かでないので、日記をひっくり返してみたら、何と指揮が井上道義で、ドン・アルヴァーロを歌っていたのが何とロバート・ディーン・スミス(!)だった。

 それで━━今回の演奏は、ホセ・ルイス・ゴメスが指揮する東京フィル。
 主役歌手陣は、ドン・アルヴァーロをゾラン・トドロヴィッチ、その恋人レオノーラをイアーノ・タマー、その兄ドン・カルロをマルコ・ディ・フェリーチェ、2人の父カラトラーヴァ侯爵を久保田真澄、ロマの女プレツィオジッラをケテワン・ケモクリーゼ、グァルディーノ神父を松位浩、修道士フラ・メリトーネをマルコ・カマストラという顔ぶれ。

 トドロヴィッチは馬力充分ながら粗っぽく、タマーは弱音部分が不安定・・・・というわけで、恋人役2人には少々不満が残った。
 安定していたのはドン・カルロを歌ったマルコ・ディ・フェリーチェだろう。スキン・ヘッドの精悍な風貌には、父侯爵を殺したアルヴァーロへの執拗な復讐の念に燃える男の役としての陰鬱さはないが、家名にこだわる頑固な貴族としての尊厳は表れていたようである。それと、重厚な声で慈悲深い神父の役柄を表現した松位浩の力量も讃えたい。
 唯一コミカルな役柄で重要な役割を果たすはずのカマストラは、その喜劇的な表現の方はいいとしても、声がすぐひっくり返るのでは困る。

 指揮とオーケストラは、これまでの上演を聴いた人々からは少なからず不満の声が伝わって来ていたけれども、今日(5回目、最終日)の演奏を聴いた限りでは、どうして結構いい線に行ってるじゃないか、という気がした。音楽を丁寧につくっているし、ダイナミックな力にも事欠かない。東京フィルも、先日のバッティストーニ指揮の「リゴレット」に勝るとも劣らぬ出来だったと言えよう。まあ、欲を言えば、テンポの遅い部分での緊張力に少し難があるか、といったところか。

 ローレンス・コルベッラの舞台美術と磯野睦の照明を含めてのサージの演出は、素材としては比較的良く出来ている方だが、例のごとく舞台に熱気と活気が感じられないのが問題だ。
 たとえば、舞台転換の方法が何となく要領の悪さを感じさせること、また群衆の動きが異常なほど緩慢で、何か所在無げに動作をしているようにさえ見える個所が多すぎるということ、ラストシーン(レオノーラの死)の照明と装置がお手軽さを感じさせること━━これらの点だけでも改善すれば、もっと良いプロダクションになるはずである。
 新国立劇場合唱団だって、もっと鋭い動きができるはずだし━━「ピーター・グライムズ」の時のように。

 余談ながら、その9年前の日記をめくってみると、「運命の力」プレミエの直前には、沼尻竜典が名古屋フィルを、高関健が群響を、大山平一郎が大阪シンフォニカー響を率いて東京公演をやっていた。また翌日には、ルカーチ・エルヴィンが日本フィルを指揮しており、ソリストには、今は大ピアニストになっている河村尚子が出ていた。「まだ若いが音楽のスケールが大きく、注目株だ」とメモがある。そういう時代だったのだ。

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