2017-08

2015・4・8(水)大野和士指揮東京都響 音楽監督就任記念公演Ⅱ

    東京文化会館大ホール  7時

 定期Aシリーズ。曲はマーラーの交響曲第7番「夜の歌」。これ1曲のみだが、作品の重量感を考えればこれで充分とも言える。

 6時半から、今回も大野和士のプレトークがあった(約20分)。身振り手振りも賑やかに舞台をあちこち動き回り、自らテーマを口三味線で歌ったりしながらの陽気なトーク。
 ふつう、東京のオケのコンサートでは、プレトークの時には客はチラホラ、多くても200~300人程度がいいところだが、今日は最初から相当な人の入り、6時40分頃にはあらかた人で埋まった感があった。新音楽監督の圧倒的な人気を物語るものだろう。

 マエストロ大野が、2回の就任記念定期のプログラムにおいて、ベートーヴェン━━マーラー━━シュニトケという3人の作曲家を一つのラインとして捉えていることは前回にも触れた。
 この日のプレトークでも彼は「シュニトケがマーラーの影響を大きく受けた」ことに言及していたが、そういう話を聞くと、なるほど「第7交響曲《夜の歌》」には、「シュニトケ的作風」を先取りしたような特徴が多く現われているのに改めて気づかされる。
 その最たるものは、一見全く関連性のない曲想が入り乱れる第5楽章(フィナーレ、ロンド)である。雑多な曲想、意外性、アイロニー、そして━━この交響曲全体に流れる怪奇性などといった特徴がシュニトケの作品群の中に遠いエコーとなって蘇っているという見方は、たしかに成り立つだろう。

 この「雑多な」要素を実に巧みに整理して、いかにも一つの論理的な集合体のごとくバランスのいい、完璧な構築に仕上げてしまったのが、数年前のインバル=都響の演奏である。一方、雑多な曲想をそのままに押しながら、最後の最後に安堵感を生む大団円(第1楽章主題の再現)をつくり出したのが、その同じ頃にハーディングが新日本フィルを指揮した演奏だった。
 そして今日の大野=都響は━━その入り乱れる曲想を丁寧に拾い集めながらも、あるがままに並べ直し、シュニトケへの関連性を再認識させる・・・・といった手法に喩えられようか。

 いや、それはただ私が勝手に憶測しただけの話であって、マエストロがそう考えていたのかどうかまでは定かでない(それどころか、全く違うかもしれない)。
 ただ、この3人の作曲家による3つの作品を聴いて、私がこれまであまり深く考えたことのなかった問題について興味を持てたことについては、感謝したい。

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