2017-10

3・21(土)ヴェルディ:「オテロ」

    神奈川県民ホール  2時

 恒例のびわ湖ホール、神奈川県民ホール、東京二期会等によるオペラのシリーズ。
 先日のびわ湖ホールでの上演には結石のため欠席したので、今回はこちらでの公演をじっくりと観る。今年の企画・制作・主催団体には上記3つの他、京都市響と神奈川フィル、大分のiichiko総合文化センターが名を連ねている。

 指揮はもちろん沼尻竜典。びわ湖ホールで指揮して来た彼のオペラは「ばらの騎士」このかた、すべて聴いてきているが、どちらかといえばシンフォニックな音楽の性格の作品の方が成功しているように思える。
 今回も彼は、オーケストラが雄弁な語り口をもつこの「オテロ」を指揮して、豪壮な厚みのある音楽を引き出した。神奈川フィルがこれほど堂々と鳴り響いたのは、彼の指揮の牽引力ゆえであろう。冒頭の嵐の音楽、第2幕の後半、第3幕の後半などでの劇的な昂揚には、目覚ましいものがあった。

 ただ、びわ湖ホールでの上演を聴きに行った人たちが異口同音に言うには、同ホールでの演奏を受け持った京都市響に比べると、神奈川フィルには、かなりの落差を感じざるを得ないという。たしかに、大咆哮する個所はともかくとしても、弱音個所での音の緊迫感という点では、物足りなさが残るのは事実だろう。第4幕冒頭の木管のミスも、そこがもともと非常に感動的な個所であるだけに、聴き手にとっては、あまりに痛かったのである。明日の2日目の公演では改善されることを祈りたい。

 合唱は、びわ湖ホール声楽アンサンブルと二期会合唱団、および赤い靴スタジオ。第1幕の嵐と宴の場面、それに第3幕の壮大なアンサンブルの個所での合唱はすこぶる力強く、沼尻の求める劇的な効果によく応えていた。
 ただ、第2幕最初の合唱はかなり抑制されていて、折角の柔らかいハーモニーの動きや、特に水夫たちの歌謡風の旋律が明確に聞こえてこないのには、疑問が残った。つまり、オケの音の方が━━オーボエの4度で上下し続ける音(スコアではバグパイプ、DOVER版スコアで言えば207頁からの9小節間)のみが、合唱より強くずっと響き続けているので、どうも単調な音楽に聞こえてしまったのである・・・・。

 ソロ歌手陣はダブル・キャスト。今日は福井敬(オテロ)、砂川涼子(デズデーモナ)、黒田博(イアーゴ)、小林由佳(エミーリア)、清水徹太郎(カッシオ)、二塚直紀(ロデリーゴ)、斉木健司(ロドヴィーコ)、松森治(モンターノ)、的場正剛(伝令)の出演だった。

 福井のエネルギー感は相変わらずたいしたもので、主人公オテロを、非常に激情的な人間として描き出した。部分的にはちょっと叫び過ぎかな、という印象もなくはなかったが、長いキャリアにもかかわらずこれだけの声のパワーを維持しているのは立派というほかはない。
 砂川涼子は、びわ湖ホールでの昨年の「死の都」で驚異的にすばらしい歌唱を聴き、彼女の新境地にすっかり惚れ込んでしまったのだが、今回も清純の裡に悲劇のヒロインとしての性格を巧みに籠めて、見事なデズデーモナだったと言えるだろう。

 そして見事といえば、黒田博のイアーゴである。いかにもシェイクスピア役者といった風格を顔の表情に浮かべて、落ち着いた挙止の中に冷然たる悪人ぶりを巧みに表現する。足を引きずり気味に歩き、持った杖を効果的に振り回して凄味を出すという一風変わったイアーゴだったので、これは戦闘で負傷したため今回はトルコ海戦に参加しなかったという論理的設定の演出なのか、なるほど・・・・と感心していたのだが、実は黒田さんは、足の肉離れのため、歩くのもやっとだったのだそうである。

 エミーリアはもともと控えめな役柄ながら、小林由佳の存在感は目立つ。
 カッシオ役の清水徹太郎は澄んだ声が印象的であり、第3幕後半でデズデーモナが酷い目に遭っているのを見て痛ましそうな表情を見せるあたりも、演技がなかなか細かい。

 その演出担当は、粟國淳。基本的にストレート路線だが、今回は極めて精緻な舞台を見せ、細かい演技でドラマを引き締めていた。オテロを単なる嫉妬に狂った人間でなく、自己の理想化に失敗して苦悩する人間として捉えたという今回の演出意図も、理解できる気がする。
 主役たちの演技もすこぶる微細なもので、見応えがあった。ただし、第1幕での合唱団の、宴が始まる前の動きは何か所在なげで、これがオペラ前半の緊迫感を少し弱めたきらいがあったが━━。

 舞台装置と衣装はアレッサンドロ・チャンマルーギ。舞台美術の色彩は非常に暗い。第3幕前半でのその舞台装置は、オテロの衣装の色と同系統で、保護色のように見えるので、オテロが身を隠す場面では、彼が何処にいるのか判らなくなってしまうほどだが、これも狙いの一つか。
 第2幕以降の舞台装置は、やや半円形に拡がる形状で、あたかもバイロイトのシェローの「ヴァルキューレ」の岩山、もしくはベックリンの絵画「死の島」にも似て、死のイメージと、暗い威圧感とを象徴しているようにさえ見える。

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