2017-11

3・18(水)エリアフ・インバル指揮東京都交響楽団

  東京文化会館大ホール  7時

 桂冠指揮者となった今も、インバルの人気は相変わらず高い。
 今日はワーグナーの「トリスタンとイゾルデ」の「前奏曲と愛の死」、ブルックナーの「交響曲第4番《ロマンティック》」(ノーヴァク版1878/80)というプログラム、客席は緊張と熱気に包まれていた。

 「トリスタン」は、予想通り、いわゆる官能性や情念のかけらもない、ひたすら厳格な構築に徹した演奏だ。最後のイゾルデの法悦の絶頂感の個所など、かなり素っ気ない表現である。
 だが、「前奏曲」で、網の目のように入り組むモティーフ群が明晰に浮かび上がるところなどは、さすがに見事だ。インバルの腕の冴えだろう。

 こういう鮮やかなモティーフ群の扱いは、1999年に彼が演奏会形式で指揮した「ヴァルキューレ」全曲の時と同様だが、今の都響の音は、あの頃とは比較にならぬほど緻密である。陶酔感こそないが、しかし完璧な演奏━━と言ってもいいだろう。ただ、それが決して無機的な演奏ではなかったことは付け加えておかなくてはなるまい。

 ブルックナーの「4番」は、これもまた恐ろしいほど厳しい力感を備えた演奏だ。
 そもそもインバルの指揮でこの「ノーヴァク版1878/80」のナマ演奏を聴いたのは、私はこれが最初だと思う(なにせインバルは「4番」でも「8番」でも初稿版をやってくれることが多いので)。流れの良いこの版では、インバルのわずかな隙もない完璧な楽曲構築の威力が、いっそう強く印象づけられる。

 今回、2階正面1列目で聴いた印象で言えば、それは実にたくましい筋肉質の、きわめて硬質で生々しい響きに満たされた演奏だった。「ロマンティック」などという副題とは、およそ無縁なタイプの演奏だ。だが、それは指揮者の解釈の問題だから、それはそれで良い。
 私としては、ブルックナーの交響曲の場合には、こういう凝縮した鋭さよりも、もっと宇宙的な拡がりをもった世界を求めたいところだが、それも所詮は好みの問題だから、インバルのこのアプローチに異論を唱えるつもりはない。

 とはいっても、都響の演奏が、最強奏個所では金管群がびりびりとした鋭さを伴って響き、強力ではあるけれども異様に刺激的な音だったのが気になったのだが・・・・。そこでの音色は、どう贔屓目に見ても、奇麗とは言えないだろう。不満が残ったのは、その点だけである。

 とにかく、インバルと都響の演奏は、驚異的なほど厳格で、強靭だ。スケルツォの結尾部や、フィナーレのコーダなど、圧倒されるほど猛烈なエネルギー感である。オケの各パートの均衡という点でも、特筆すべきものがある。こういう見事な演奏で聴くと、この「4番」は、つくづく凄い骨相をもった作品だという気がする。

コメント

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都響はこの公演に先立ちインバル指揮で名古屋、福岡のツアーをしていたのですが、いずれも管楽器は通常編成だったそうです。単なる経費節減というよりはよく響く2都市のホールの特性を考慮しての処理だったように思えます。事実、上野は倍管ではじめて声部のクリアさが確保されたと思いますし。

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