2017-08

2・19(木)東京二期会 ヴェルディ:「リゴレット」初日

   東京文化会館大ホール  6時30分

 「都民芸術フェスティバル」参加公演。パルマ王立歌劇場のプロダクションによる上演で、演出はピエール・ルイジ・サマリターニとエリザベッタ・ブルーサ、今回の演出助手は菊池裕美子とクレジットされている。
 アンドレア・バッティストーニが東京フィルを指揮。初日のAキャストは、上江隼人(リゴレット)、佐藤優子(ジルダ)、古橋郷平(マントヴァ公爵)、ジョン・ハオ(スパラフチーレ)、谷口睦美(マッダレーナ)その他の人々。

 舞台はいかにも「古式ゆかしき」もので、サマリターニの美術ともども、博物館から引っ張り出して来たような舞台である。
 日本人の容貌や体型に合わない泰西のこういう衣装をそのまま使うことに、最近私は疑問を強く感じるようになっているのだが━━まあ、それはまた論が複雑になるから、ここでは措くとして━━それとは別に、21世紀のわれわれが取り組むオペラ上演であれば、いくら何でも、もう少し演劇的なコンセプトを導入してもらいたいものだと思わずにはいられない。

 結局、今回の上演の最大の目玉は、バッティストーニの指揮ということになる。期待通り獅子奮迅といった指揮ぶりだ。特に冒頭の前奏曲では、東京フィルがピットでこれだけ雄大かつ劇的な音楽を響かせたのも珍しいと思われたほどである。
 だが、オケが立派になればなったで、今度は歌手陣の力量が問題になって来る。つまり・・・・声が聞こえないのだ。そのためにバッティストーニはオケの音量を落したのか、本編に入ると、音楽の力感がやや低下したように感じられた。
 それでも、快速なテンポで煽り立て、追い上げ、各幕のエンディングではここぞとばかり劇的に盛り上げる彼の指揮は素晴らしい。以前の「ナブッコ」と同様、今回も彼が引き出した音楽は、力に満ちて鮮やかであった。

 若手の多い歌手陣はよく頑張っていたとは思うが、些か不満が残るところもある。
 率直に言わせていただくと、古橋郷平は、女たらし丸出しの嫌味なマントヴァ公爵という表現を強調する狙いだったのか、おそろしく粘った歌い方で、旋律線とリズムとを崩していたのが気になった。「女心の歌」をあんなにねちっこく歌われては、いくら名曲でも辟易させられる。声もあるし、舞台映えもする人なのだから、もう少し爽やかなマントヴァ公を演じてもよかったのではないか? 

 上江隼人も骨太で重い雰囲気のリゴレット役だったが、それは不運な父親としてはサマになっていても、悪辣さと悲劇性を共に含んだ道化師役としては、更に鋭い歌唱と演技があったらと思う。
 佐藤優子は、最初のうち声が伸びずに心配させられたものの、次第に調子を上げ、第3幕では清純なひたむきさを巧く表現していた。
 その他の人々の中では、谷口睦美がやはり光った。彼女はいつかの「ナブッコ」のフェネーナで感心させられた記憶があるが、今回はあの時ほどではなかったにしても、歌唱と演技はやはり耳目を惹きつけるものがあるだろう。

 結論として、今回の「リゴレット」は、バッティストーニの劇的な勢いのいい指揮と、古色蒼然たる演出との乖離が目立った上演といえようか。終演は9時半頃。

コメント

無題

天才指揮者を呼ぶために、スケジュール的には無理をしたようです。きちんと歌手との稽古時間が取れていれば、先生ご指摘の歌手なども、歌い方が矯正されたかも知れません。
公演としては全体的に良かったし、楽しませていただきましたが、天才指揮者と豪華セットと時代衣装が歌い手より目立ってしまっては、オペラ団体の公演としてはどうなのかという思いも、正直ありました。

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