2017-07

2・16(月)藤村実穂子(メゾ・ソプラノ)

    サントリーホール  7時

 藤村実穂子の第44回サントリー音楽賞受賞記念コンサート。クリストフ・ウルリヒ・マイヤー指揮の新日本フィルが協演。

 彼女が歌った曲は、バッハのカンタータ第170番「満ち足れる安らい」から第1曲(アリア)、シューベルト~ベルリオーズ編の「魔王」、ワーグナーの「ヴェーゼンドンク歌曲集」、チャイコフスキーの「オルレアンの少女」から「神が望んでいる」、サン=サーンスの「サムソンとダリラ」から「君がみ声にわが心開く」、ワーグナーの「ヴァルキューレ」第2幕からの「フリッカの怒り」。アンコールがビゼーの「カルメン」からの「ジプシーの踊り」。

 バイロイト祝祭劇場の空気をびりびりと震わせた藤村さんの、あの凄まじい冷徹な緊張感をもった歌唱表現が、最近は少し変わって来て━━温かい優しさのようなものが以前より多く歌にあふれるようになって来たかな、と感じたのは昨年3月のリサイタル(紀尾井ホール)の時。それは彼女の芸域がいっそう拡がり、硬軟取り混ぜの表現に秀でて来たことを意味するのではないかと思う。
 今日のダリラの歌など、2012年のNHKニューイヤーコンサートで歌った時に比べ、明らかに柔らかい、官能的なニュアンスに富むものになっていたのではないか。「カルメン」にしても同様である。

 フリッカでは、厳しい倫理的な女神としての表現は以前と同様だが、それに加え、一種の温かい情感が滲み出る歌い方になった━━特に最後の、義娘ブリュンヒルデに声をかける個所などにそれを感じる。ヴェーゼンドンク歌曲集における柔らかいゆったりした情感も見事だ。

 そしてとりわけ、本当に巧い表現だな━━と舌を巻かされたのは、「魔王」である。この歌曲は、これだけで1曲のオペラに匹敵するほどの雄弁な起伏と劇的迫力を備えているのだが、それがさらに彼女の歌唱にかかると、まさしく悲劇のドラマという性格をもって浮かび上がって来る。今回のように管弦楽編曲版をバックに歌われた場合には、その印象がいっそう強くなるだろう。何しろ「魔王」の冒頭個所は、まさにあのワーグナーの「ヴァルキューレ」第1幕の最初の部分を先取りした音楽なのだし・・・・。

 新日本フィルを指揮して協演したクリストフ・ウルリヒ・マイヤーは、一昨年秋だったかにも藤村実穂子のコンサートに出演して指揮した人だ。ゆるキャラというか、ゆるフンというか、とにかく引き締まらない演奏をつくる人で、昔のレオポルト・ルートヴィヒという指揮者に何となく似たタイプである。ただし、つくり出す音楽には、それなりの「雰囲気」もなくはない。
 今夜は、オーケストラだけの曲としては、ベートーヴェンの序曲「献堂式」と、ワーグナーの「ニュルンベルクのマイスタージンガー」第1幕前奏曲を指揮したが、後者には「おれの聴かせどころ」というようなリキも感じられた。だが、彼の指揮はどの曲においても、金管などの声部の組み立てのバランスが風変わりで、腑に落ちないところがある。

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