2017-06

2・5(木)ヤクブ・フルシャ指揮プラハ・フィルハーモニア

    東京芸術劇場コンサートホール  7時

 大雪が来るぞ、都心にも積もるぞ、と天気予報が大々的に脅していたわりには、昼間少々白いものが散らついただけ、あとは雨に終った今日の東京(当たらないにもほどがある)。雪にならなかったので、ほっとしてやって来たお客さんも多かったのだろう、都民劇場音楽サークル定期公演の今夜の演奏会は、満員の盛況だった。

 プラハ・フィルハーモニア━━フルシャが2008年秋のシーズンから音楽監督・首席指揮者を務めているこのオーケストラを聴くのは、2012年3月の来日の際に続いてこれが2度目。しかし、彼はこの春で同ポストを早くも退くそうだから、この顔合わせが聴けるのはこれが最後になるかもしれない。

 曲はスメタナの連作交響詩「わが祖国」全曲。
 ダイナミックでごつごつした響きの、硬質のつくりを持った「わが祖国」だ。それはそれでいいのだけれど、些か粗い演奏で、あまり練習しておらず(実際にはどうだったか判らないが)、日頃のルーティン的な「慣れ」だけで演奏していたような雰囲気も感じられたのである。
 前回来日の時にもチラリと思ったことだが、どうやらフルシャにとっては、このフィルハーモニア・プラハよりも、東京都響(首席客演指揮者)の方が、相性がいいのではないか? 

 後半の「ボヘミアの森と草原から」から「シャールカ」にかけてのエネルギッシュな追い込みにはさすがのものがあったが、「ブラニーク」の全曲最後の頂点では柔軟なテンポの動きを欠き、一本調子で単調な終結となった。
 このあたり、フルシャもやはり未だ若いなと思わせるゆえんだが、しかし、都響との演奏だったら、おそらくもっとはるかにしなやかな表情が音楽に生まれるのでは、という気がしてならぬ。
 アンコールは、スメタナの「売られた花嫁」からの「道化師の踊り」。

コメント

同感です。都響の方が良いですね。プラハフィルは音が薄くてがっかりしました。

Pražský komorní orchestr

komorníが訳されていないだけで、室内楽団だったのですね。響きの透明度が高かった(あえて「薄い」とは言わずにおきます)のも納得です。

芸劇×都民劇場は個人的に二重苦枠につき回避、2012年3月11日に第2楽章だけ献奏された新世界をフルコーラスで聴いておきたいという気持ちもあり、サントリーの日にしました。1曲目こそリハ不足×スロースタートの気配があったものの、良かったですよ新世界。泣きました。サウンドそのものはニュートラルで無色なのに、花の影や森の緑、空の青が見えるような気がするのはなぜだろうと思いながら。

そしてその演奏を聴いたことで、都響にあってプラハフィルにないもの(正確な音程、揃った縦線、大きな音)より、プラハフィルにあって都響にないもの(ニュアンス、デリカシー、余白、自然な呼吸、歌心、自由)の方が、私はずっと好きなのだと明確に認識することができました。

ウィーンオペラ座デビュー、どうか成功しますように。大御所を迎えてのコンチェルトを聴いた限りでは、それは約束されているようにも思われました。

間違えた

「Pražská komorní filharmonie」が正解でした。失礼しました。

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