2017-10

1・31(土)マーティン・ブラビンズ指揮名古屋フィルハーモニー交響楽団

    愛知県芸術劇場コンサートホール  4時

 29日と30日の演奏会取材も欠席せざるを得なかったその風邪も抜けず、咳まで残るというわけで、体調甚だよろしからずだが、とにかく10時半からの早稲田大学エクステンション・センターのオペラ入門講座の今期最終回を12時半に完了後、東京駅午後1時半発の新幹線に飛び乗って名古屋へ向かう。音楽の友の演奏会評と、日本芸術文化振興基金の事後調査を兼ねてのものである。

 名古屋フィルの今シーズンのテーマ「ファースト」シリーズも、残すところ、今回を含め3回の由。多少のこじつけはあっても、何が何でも「最初の1番」の作品にこだわっていた先ごろまでの選曲に比べると、多少定義が緩やかになったり、オマケをつけたりする傾向も見えてきたようだが・・・・。
 それはともかく、この1月定期のプログラムは、R・シュトラウスの「セレナード変ホ長調作品7」、ブリテンの「シンプル・シンフォニー」、ワーグナーの「ワルキューレ」第1幕全曲(演奏会形式)というものだった。これ自体は、極めてリキの入った選曲ではある。

 R・シュトラウスの、管楽器アンサンブルのための作品「セレナード変ホ長調作品7」では、13人の奏者は立ったままで演奏。ブラビンズの念入りな指揮により、見事な均衡を保った演奏が繰り広げられた。
 惜しむらくは、慎重に過ぎたとでもいうか、音響的に美しいのは確かながら、生き生きとした起伏と表情に些か不足し、この曲の寛いだ温かさがこちらにあまり伝わって来なかったことか。

 続くブリテンの「シンプル・シンフォニー」は、一転して弦楽器のみの編成。チェロ群以外の奏者たちが立ったまま演奏した。2曲におけるこれらの配置は、オーケストラの演奏会としてはちょっとばかり凝った演出と言えるだろう。
 この曲でもブラビンズの実に丁寧な音楽づくりが目立ち、一風変わった「シンプル・シンフォニー」となった。通常の演奏よりも沈潜した叙情味といったものに重点が置かれた解釈━━とでもなるか。

 第1楽章は最弱音を強調した「ささやくような」音づくりが多く、原曲の副題「騒がしいブーレ」を、むしろアイロニカルに解釈したものと言えるかもしれない。さらに第3楽章(感傷的なサラバンド)では、極度に遅いテンポを採り、万感こめてじっくりと歌い、特にあの旋律美にあふれた中間部(私の好きな個所だ)では、音楽の構築感さえ曖昧にするほどの、失速寸前(?)のテンポを採っていた。
 英国作品を指揮するブラビンズの手腕については私もこれまで賛辞を惜しまなかったつもりだが、あそこまで思い入れたっぷりにやられると、ちょっとね・・・・というのが本音。

 第2部での「ワルキューレ」第1幕は、スーザン・ブロック(ジークリンデ)、リチャード・バークレー=スティール(ジークムント)、小鉄和広(フンディング)が協演。
 予想通り丁寧な、オーケストラの響きに念入りな均衡を保たせた演奏で、もともと叙情性の濃いこの第1幕の音楽が、いっそうその性格を強くする。終結にかけては音楽もそれにふさわしく昂揚して行ったが、そこがブラビンズの感性ゆえか、あるいは日本のオケの特徴がここにも現れたか、音楽の官能性や熱狂、露骨さなどはやはり控えめで、総じて坦々とした演奏となっていた。

 たとえばジークムントとジークリンデが目を見かわしたとたんに各々の心に起きる感情の揺れ、ジークリンデが剣の刺さっているトネリコを目で示す瞬間の彼女の感情の起伏、そして2人の愛情の高まりなど、それらをワーグナーはもっと精緻に表情豊かに、劇的に音楽で描いているのではなかったか? そういった個所の音楽があまりに淡々として、なだらか過ぎるのである。
 ブラビンズのワーグナーが精密で丁寧で綿密なことには異論の余地がなかろうが、もし彼の指揮で全曲を聴いたなら、おそらくスリルのない冷静な「ワルキューレ」になってしまうのではないか、と・・・・。

 スーザン・ブロックが、表情豊かに美しく歌ってくれた。彼女のステージでの歌唱は、日本でもこれまで新国立劇場の「ジークフリート」(プレミエ時)やデ・ワールト指揮N響の「指環」などで聴く機会があったが、それらでのブリュンヒルデとは違い、今回のジークリンデ役での歌唱は彼女の声に合っているだろう。

 バークレー=スティールは、出だしは良かったのだが、2重唱の終りに近づくに従い、声に力強さや精彩を失なって行ったように聞こえたのは残念だった。前夜と今日午後の連続で疲れたか? いっぽう小鉄は、よく響く声で、悪役フンディングとしての責任を果たしていた。
 今回はもちろん演奏会形式だが、指揮台の下手側に立ったブロックとバークレー=スティールは、適切な範囲の演技を取り混ぜて歌った。これに対し、上手側に位置した小鉄は、終始泰然たる挙止。

 名フィルは、メリハリの点を別とすれば、柔らかい音で美しいワーグナーを紡いでいた。コンサートマスターは田野倉雅秋。

 良い音楽と、ひつまぶしの賞味のおかげで一時は薄らいでいた風邪が、名古屋市内の猛烈な冷えのために、またもや頭をもたげて来る。明日は広島へ廻り、細川俊夫の「リアの物語」の新演出・能舞台上演を観に行くつもりだったが、もしかしたら諦めて東京へ引返すことになるかも。
       ⇒別稿 音楽の友3月号 演奏会評

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ご体調およろしくないにもかかわらず拝読するコンサートへのお言葉はいきいきされておられます。でもどうかご無理なさいませんように、くれぐれもお大事になさってくださいませ。

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