2017-08

12・13(土)大野和士指揮東京都交響楽団 シベリウス・プロ

    東京芸術劇場コンサートホール  2時

 先日(8日)のバルトークとフランツ・シュミットも見事だったが、今日のシベリウスもさらに鮮やかだった━━大野と都響の蜜月状態の幕開きというべきだろう。プログラムは、「レミンカイネンの帰郷」、「ヴァイオリン協奏曲」(ソロは三浦文彰)、「交響曲第5番」。

 1曲目の「レミンカイネンの帰郷」からして、演奏の隈取りの明晰さ、転調の明快さに胸が躍る。
 この曲、嵐を衝いてレミンカイネンが母とともに故郷に向かう模様を劇的に描いたものだが、冒頭の暗く激しいハ短調から最後の勝ち誇った変ホ長調の歓呼にいたるまで、さまざまに色合いを変えて転調しつつ疾走していくその過程が明確に描き出されていてこそ、故郷に着いた時の喜びの感情が再現されるのだ。

 一般に生演奏でこの「レミンカイネン」全曲を聴くと、長丁場でオケが疲れてしまうのか、最後のこの曲が雑な演奏になってしまい、何だか判らない音楽になることが多い。
 だが、今日は流石に違った。高音部だけでなく低音部まで明快にきっちりと構築され、作品の多彩な音色の変化と転調がはっきりと浮かび上がって、大団円が鮮やかに描き出されていた。見事なものである。

 この変ホ長調のエンディングの輝かしさを導入として、最後の「第5交響曲」の変ホ長調に結びつけたところがにくい。
 この「5番」も、霧の晴れ間を縫って進んでいくような色合いの変化が、極めて多彩に再現された演奏だった。第1楽章のコーダは、熱狂的でありながら引き締まった構築。フィナーレでは、次第に大団円に近づいて行く音楽の変化の過程が、精妙に再現されていた。

 そして「ヴァイオリン協奏曲」も、オーケストラがこれだけがっちりと組み立てられ、しかも大きな気宇に満ちた演奏も、なかなか聴けないだろう。
 若い(まだ20歳を出たばかり)三浦文彰のソロも、ひたむきで厳しく、緊迫感豊かで見事だが、ただ、あまりに生真面目すぎる感もなくはない。

 都響は、弦も管も今日は快調そのものだ。マエストロ大野の表現を借りれば、「音が(ヨーロッパのオケみたいに)ギザギザしていて素晴らしい」ということになるのだろう。これから、いろいろな展開が楽しめそうである。

コメント

二年前の東京音楽祭のメンデルスゾーンや、チャイコフスキー、小澤塾のドヴォルザークと、三浦文彰さんを聴きました。優れた技能と若い感性から、さらに日々研鑽に励まれているご様子。
 東条先生のおっしゃる、構築性と気宇にとんだ演奏とありましたが、ゲルギエフとカヴァコスのひたひたとクールに洗練されたシベリウスも忘れ難く感じております。三浦さんには、恋をしたり、ヘルシンキでクリスマスを過ごされたりなさればと思います!
ところで、前回のレヴィンのモーツアルトも、震撼とするいい演奏でした。
このレベルに当然と思ってきてしまう。この贅沢。さらなるご健闘のほど、期待してしまいます。いつもありがとうございます。

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