2019-05

11・16(日)ゴリホフ:オペラ「アイナダマール」

    日生劇場  2時

 日生劇場制作のオペラのシリーズの一環。2年連続のライマンのオペラのあと、今年はアルゼンチンの現代作曲家オスバルド・ゴリホフ(1960~)のオペラ「アイナダマール」(涙の泉)が取り上げられた。
 実に意欲的な企画で、日生劇場の姿勢を偉としたい。こんな連続企画は、この劇場でなければできないおおわざだろう。

 このオペラは、2003年に初演されたもの。台本は東洋系アメリカの劇作家デイヴィッド・ヘンリー・ウォン。
 ファシストに銃殺されたスペインの劇作家・詩人のフェデリコ・ガルシア・ロルカ(1898~1936)にまつわる物語である。ロルカの書いた演劇で主演女優を務めこともあり、友人でもあったマルガリータ・シルグ(1888~1969)をヒロインとして登場させ、彼女の口を通してロルカの生涯やその悲劇的なエピソードを描き出す━━という構成だ。

 上演時間は約80分。広上淳一指揮の読売日本交響楽団がピットに入った。演出は粟國淳、美術が横田あつみ、照明が大島祐夫、衣装がアレッサンドロ・チャンマルーギ。今日(2日目)のソロ歌手陣は、飯田みち代、馬原裕子、向野由美子、石塚隆充、小田桐貴樹、鹿野浩史、佐藤望。合唱がC.ヴィレッジシンガーズ、ダンスはアクセル・アルベリシ他。

 オペラというよりは劇的オラトリオと言ってもいいような、しかもリアルなドラマというよりは幻想的に構築された物語を、粟國淳が巧く舞台化していた。
 歌手の演技を抑制し、映像、効果音、ダンスをも総動員して、象徴的に暴動や弾圧などのエピソードを進めて行く。舞台には、印象的な場面がいくつもあった。

 ゴリホフ━━以前はゴリショフと表記されていたのではなかったか?━━の音楽は、ごく中庸を得たスタイルで、私にとっては必ずしも魅惑的なものとも言えないけれども、しかしオーケストラに現われる叙情的な曲想の部分と、合唱の部分は特に美しい。
 演奏にはギターとカホンも使われ、この2種の楽器がつくり出すラテン系の民族色豊かな楽想も、なかなか魅力的だった。広上の指揮も、読響の演奏も好かったが━━。

 問題は、肝心の「歌」だ。
 今回は歌手の声にPAが付加されていたが、これがこの劇場のスペースではどうも中途半端な効果しか生まず、また1階席前方では少し金属的な音質に聞こえたりして、些か聞きにくい印象になってしまった。歌手たちも、PAに頼りすぎたせいか、あるいは遠慮したせいか、中途半端な声量と表情で歌うので、歌唱は著しく迫真力を欠く。

 おまけに1階席ではPAとナマ声とが同時に聞こえるので、そのバランスの悪さに、なおさら苛々させられるというわけだ。さりとてシンセサイザーや効果音(これまた耳障りな音だ)も使った大音響の中で、PAなしのナマ声で歌を聞かせられるかとなると、われわれ外野席連中としては、はっきりしたことは言えぬ。
 まあ、劇場としては考えた挙句の試みだろうと思うけれど、次にこういう上演を行なう際には、音質とバランスの点について、御一考を賜りたい。

 なお、このオペラ上演の前に、「第1部 オペラへのプロローグ」として、ロルカに関する紹介が、田尾下哲の台本構成、長谷川初範他の演技とセリフによる「演劇スタイル」により行われた。30分ほどの長さではあったが、やや冗長という印象がなくもなかった。

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ゴリホフ:オペラ「アイナダマール」2014年11月15日(土)

「超ジャンル」とも言える意欲的な作品だった。作品としては非常に魅力的だった。
ただし、オペラ…だと思って観に行ったので、PAを使った上演は非常に違和感があった。時々PAなしの生声に切り替えているところもあって、その切り替えにも違和感があった。

休憩時間には「PAを使った前半の芝居と後半の生声によるオペラの対比」になるな…と、細川さんの「大鴉」の公演を思い出していたが、オペラもPA利用だった。
しかし、シンセサイザーなども使うこの曲で生声というのは無理があるのだろう。
いっそミュージカルとして全編PAをしっかり使う…という選択肢の方が良いのかも知れないなどと感じなから観た。
改めてチラシを見ると、読売交響楽団の演奏にギターやカホン、シンセサイザーの演奏が重なる…ということは一切書いていない。この作品はCDも出ているようなので事前にもう少しチラシで正しく上演の形を説明する方法もあったのではないか。

歌手
PAを使う、使わないは別として3名の女性オペラ歌手(横山恵子、見角悠代、清水華澄)は皆たいへん良かった。見角悠代はたぶん初めて聴いたがなかなか良かった。
しかし、それ以上に存在感があったのは、ルイス・アロンソ役のカンタオール石塚隆充であった。PAを使うことが前提の歌い方なのでピッタリとマッチしていたのだろう。また、ゴリホフの曲調がカタンオールに合っていたということかも知れない。なんだか一番魅力的な曲がこの悪役に与えられていたような印象。

アクセル・アルベリシの静かで力強いダンスも印象的だった。

衣装
幕が開くとまず、南米のどこかの国(ウルグアイ?)をイメージする民族衣装風の衣装を着た女性合唱登場。この作品はこの劇場には大きすぎるのかも…と感じるような存在感ある衣装。舞台からはみ出していた。
(この後も何度か出て来ていた)。

粟國淳の演出はいつもうまい。
ラストのダンサーの踊りはアルヴィン・エイリー舞踊団のリベレーションズ(アフリカ系アメリカ人が求める自由の象徴)へのオマージュか…と感じたが本当のところはどうだろう。

広上の指揮も読響の演奏は緊張感があり、ギターとカホンの演奏も良かった。

前半の芝居は事前に想定していたものよりも「芝居」がかっていた(好きじゃないなぁ。こういう演出は…との感じ)。休憩時間には「このパートは不要なのではないか」とも感じたが、オペラを観終わってみると、前半の知識は鑑賞には生かされた…とも感じる。
ロルカは馴染みがないようで馴染みがあって、過去、「血の婚礼」「イエルマ」などをフラメンコで観ていたことを思い出した。

開演前のロビーでは
「オペラを観るのは初めて、フラメンコの先生に紹介されて見に来た」
との会話が聞こえた。ジャンルを超えて観客が交流するのは良いことながら、普通のオペラの観客とは違う雰囲気の客席。やたら動く、観ながらペットボトルを出す、あちこちで鼻水をすする音…とちょっと残念な客席であった。

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