2020-04

9・28(日)丹波明:楽劇「白峯」 井崎正浩指揮セントラル愛知響

    すみだトリフォニーホール  2時

 セントラル愛知交響楽団の東京公演。26日のしらかわホールでの初演に続き、今日が東京初演となった丹波明の新作オペラ。
 演奏会形式上演だが、登場人物は役柄に即した衣装をつけている。

 「白峯」とは、四国の讃岐国、崇徳天皇の御陵がある場所(ここに白峯寺がある)のこと。
 オペラは、この白峯を訪れた西行法師(大塚博章)が、崇徳天皇(大野徹也)の亡霊と出逢い、保元の乱を中心とした白河法皇(加賀清孝)、鳥羽上皇(中鉢聡)、美福門院(飯田みち代)、待賢門院(伊藤晴)らとの争いの顛末が語られるのを聞き、今なお怨念に猛り狂う崇徳院の霊を鎮めようと試みる━━という内容だ。
 上田秋成の「雨月物語」などを基としているそうだが、台本は丹波明自身によるものである。全3幕12場構成で、上演時間は正味約2時間半弱。

 オペラの中で西行は、「万乗の君も怨念の虜となりて、今は廻り廻りてこの世に留まり、阿修羅のごとく駆け廻り、悪、憎しみ、陰謀と諍いを繰り返し・・・・」と、崇徳院を非難する。
 もしかしたら作者の胸には、現代の世にも果てしなく続く憎悪、恨み、復讐の連鎖が、もしやだれかの怨霊のなせる業なら━━それをすべて崇徳上皇に押しつけるのは少々酷だろうが━━せめてその怨念を鎮めることにより平安の世が訪れれば、という願いもあったのかもしれない。

 音楽は極めて色彩的で幻影的だ。オンド・マルトノ(原田節、市橋若菜)をも加えた全管弦楽のグリッサンド的な奏法が多用され、強い印象を残す。特にそれが漸弱となって総休止に至る形の時には、瓢風一過というか、あたかも怨霊や幻影がフッと遠ざかり姿を消すような音の効果を生んで面白い(シェーンベルクの「期待」の最後の音を思い出させる)。各楽器が交錯しつつ上下するその目眩く色彩感も神秘的で、なかなかの魅力だ。

 だが、━━問題はその音楽が、崇徳天皇の怨念のモティーフとかいったものにとどまらず、保元の乱までの天皇家の内紛の場面すべてにわたり、延々と同じように繰り返されることにある。これでは、如何にいい音色の動きであっても、食傷気味になるだろう。まさかそれが、「万世一系」のモティーフだったというわけでもあるまい(?)。
 またもうひとつ、歌詞の語尾がいつも高く上がって引き延ばされるのも、声楽パートがやや単調に感じられた原因ではなかろうか。

 井崎正浩(客演)が指揮するセントラル愛知響と、白峯セントラル愛知合唱団と、藤原頼長役の大久保光哉をはじめ脇役を含めた大勢の歌手陣は大健闘した。地方都市オーケストラの東京公演としては、並外れた規模の企画による力演である。

 いちばん残念だったのは、この格調高い擬古文による歌詞が、ほとんど聞き取れなかったことだ。オケの音が大きかったとかいうわけではない。聞き慣れない言葉を明快に歌うということが、そもそも難しい。飯田みち代のように発音の明快な人の歌でさえ、ほんの一部しか解らない。台本はプログラムに掲載されていたが、場内が暗くては読むすべもない。こういう旧い文体を理解するには、耳だけでなく、目の助けをも借りた方がいい。
 それゆえ、やはり舞台上に、字幕をつけるべきだったと思う。字幕は今回、歌詞や経文などを部分的に表示する方法を採っていたが、それがかえってアンバランスな演出効果を生むもととなっていた。

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