2020-04

8・23(土)三善晃:オペラ「遠い帆」

   新国立劇場中劇場  3時

 1999年に仙台で初演された、高橋睦郎台本・三善晃作曲になるオペラ。
 仙台藩主・伊達政宗がイスパニアに派遣した支倉常長らの使節団をテーマにした1時間ほどの長さの作品だ。
 すでに昨年(2013年)、慶長遣欧使節出版400年記念として、仙台で新プロダクションを12月に上演しており、それを東京に持って来たのが、今日と明日の公演ということになる。主催は仙台市と、公益財団法人仙台市市民文化事業団。

 2000年に東京文化会館で上演されたプロダクションは、私も観たような気がするのだが、どうも細かい記憶がはっきりせず、資料も見つからない。
 とにかく、初演の際に演出を行なった佐藤信に替わって、今回は岩田達宗が演出した。全篇出ずっぱりの合唱団を雄弁かつ表情豊かに歌わせ演技させたのは、彼が先年会津若松で演出した「白虎」と共通する手法で、成功を収めている。

 この合唱団は、「オペラ《遠い帆》合唱団」と呼ばれ、オーディションを経て結成されたもので、実に2年もの練習を積んだという。作品に対する愛情と共感があふれ、極めて充実した演奏になっていた。数え歌を歌うNHK仙台少年少女合唱隊も見事だった。
 このオペラでの主役はもちろん支倉常長(小森輝彦)だが、音楽的にもドラマ的にも、主役はむしろ合唱という感がある。2つの合唱団はその重責を完璧に果たしていたと言って間違いない。

 ソリスト歌手陣は、その小森輝彦を筆頭に、小山陽二郎(ソテロ)、井上雅人(徳川家康)、金沢平(伊達政宗)、平野雅世(影)といった人たち。

 ピットに入ったのは、佐藤正浩指揮の仙台フィル。編成が大きいのでこの劇場のピットには入り切れず、弦の数を大幅に減らし、打楽器の一部を舞台裏に移し、PAを使用してオケと合せる方法を採ったという。だが、客席中央あたりで聴いた範囲では、危惧された音のバランスや音色は、全く問題なかった。その話を知らずに聴いていれば、気にもならなかったはずである。
 しかし、合唱もオーケストラも全曲を通じて咆哮の連続で、これでは音楽が単調に感じられてしまう傾向なきにしもあらず。三善晃の作品としては異様なほどにダイナミックな作風になっているが、それにしても、いつもの彼なら、もう少し音楽の構成に起伏を持たせるはずだろうに・・・・。

 ともあれ、再演されると、以前には気づかなかったいろいろないい点が見えて来るものだ。悲運の支倉常長を、単なる切支丹を超える高みに達した人間として描いた作品の狙いもいいし、特定の宗教色から切り離して設定した今回の演出も好ましい。
 今回は字幕付き上演で、歌詞も解りやすくて助かった。

 「遠い帆」は仙台発のオペラです━━と、プレトークで総監督・宮田慶子(新国立劇場演劇芸術監督)が明言していた。そういう形で、さまざまな創作オペラに光を当てて行くのは良いことだろう。となれば、前述の「白虎」も、会津発のオペラとして取り上げてほしいものである。

コメント

二日目、24日の公演に行きました。座席は1階15列中央。

いろいろと思うこともある上演であり、錯乱のあまり場違いな書き込みになるやも知れず、東条先生から掲載を拒ばれることを覚悟して居ります。しかし大の三善晃の聴き手の一人として、言いたいことは言わずにおられません。時恰も三善晃関連として、毎週月曜日にNHKBS3でアニメ「赤毛のアン」全50週が放送されています。主題歌2曲は三善晃によるアニメ主題歌史上空前絶後の傑作。劇中音楽は三善晃の師事した毛利蔵人。毛利は私の若い頃に親交のあった畏友(改名前はHくん)で、師よりずっと早く46歳で逝ってしまった。

この新国立劇場中劇場は音響が特殊で、一般的な音楽ホールともオペラホールとも、やや異質な特性を具えています。具体的にはきわめてデッドで、オーケストラの各楽器群のバランスが変調されたかのような印象を与えるのです。例えばパルシブな楽器が実際よりより歪に増幅されるのがその一例です。つまり客席の話し声を含めて「うるさい、喧しい」と感じるのです。

特にこの三善晃作品に見られる「咆哮」の連続では、本来の三善の意図した響きに余分な響きのバランスが付け加わっている、そんな思いが終始付きまとうのでした。上野の大ホールでの東京初演では、あの強烈なインパクトを放った「レクイエム」をも上回る恐怖に似た三善晃の音響体験を感じたものです。しかしそこには今回のような、敢えて申せば作品とは異質の「うるさい、喧しい」という要素は無かった。それでいて三善晃の持つ透明で暗く鋭利な音響はきわめて強く胸に突き刺さったのでした。今回の中劇場は狭すぎるし、少なくとも三善作品に相応しくない音響の質とバランスに問題はあるし、作品の本質に副ったホールの選択は難しいものです。

と、縷々文句を申しましたが、それは作品と演奏に対するものと全く無関係のことです。字幕付きの歌手陣と合唱団には全面的賛辞を贈りたい。最初の数え歌から最後まで、本当に素晴らしかった。キリシタン色を排除した演出は(私には異論もありますがそれは私の勝手な思い込みに過ぎません)、演出家が主張し意図するものは実現していました。何よりも作品の素晴らしさは最早、日本語オペラとして他に並ぶもののないことを再確認しました。

日曜日の会場には、たぶん仙台市や宮城県に所縁の方々が多く詰め掛けたことと思われます。そこには在京県人会的雰囲気が溢れていましたから。しかしこの作品は既に仙台、東京、横浜と何度も再演が重ねられ、ピアノ版も含めれば日本語オペラの古典になって普遍性を持つに至っています。

三善晃が亡くなって間もなく一年。今年の冬の「偲ぶ会」にも参列しましたが、今回の公演はその本格的追悼公演でもありました。三善晃は武満徹と共に20世紀後半を代表する音楽家であり、言うまでも無く決してローカルな枠に閉じ込めるのに相応しい芸術家ではありません。それが許されたとすれば、今公演が「東日本大震災」経た今、1年遅れて実現した関係各位の労苦に敬意を表するという意味で異存はありません。しかし今後の上演では、恰も震災絡みの仙台市発オペラであることを殊更強調することに、不遜を承知の上で異議を唱える次第です。主催者もオーケストラもその他のスタッフ・キャスト陣も、もっと広く選び、この作品に本来の普遍性を与えることを望みたいと願うばかりです。

つい先日、プロムス2014の公演で「戦争レクイエム」が上演されました。ネルソンス指揮バーミンガム市響他の演奏。終演後のあの広大なロイヤルアルバートホールを埋め尽くした大聴衆の、その数分間ことりとも音を立てない静寂と悼みの気持ちをライブ放送で聴き、羨ましく思いました。それと対照的に日曜日の中劇場では、幕が下りるややすぐに万雷の拍手。受難劇、それも三善晃の感銘深い作品が聴衆による静寂と追悼の気持ちで遇されたならば、と思った次第です。

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