2020-04

8・5(火)「平和の夕べ」コンサート アルミンク指揮広島交響楽団

     広島国際会議場フェニックスホール  6時45分

 1時間40分で広島に着く。雨が降り始めている広島、明日の平和記念式典を控え、市内はすでに大混雑。ホテルも満杯で、1か月前に予約したのだが、辛うじて部屋を取れたという状態であった。会う人ごとに「よくホテルが取れましたね」と言われる。小さなホテルだが、部屋に入ると、ベッドの上に平和祈念の折鶴が飾ってあり、ちょっと感動する。

 コンサートは、平和記念公園にある巨大な「国際会議場」の中のフェニックスホールで行なわれた。ロビーのあるコーナーの壁面には、子供たちが書き込んだメッセージの紙片が張られ、「平和の日」行事の一環としての演奏会であることが示されている。
 ホール内部は、左右にバルコン席も備わり、センター席も3階まであるという大きな空間だが、ライティングテーブル付きの椅子が大きくゆったりしている構造のため、収容は1504席にとどまる。

 音響は永田音響設計による由。残響そのものは短いが、予想外によく響いて聴きやすい。広響が現在本拠地としている広島文化学園HBGホール(=広島市文化交流会館大ホール、旧・広島厚生年金会館大ホール)よりよほど雰囲気のあるアコースティックのように感じられる。ただし、ホール中央で聴いてさえ、オーケストラがやや遠く聞こえることはたしかだから、レパートリーにもよりけりだが。 

 今日は、広島交響楽団にクリスティアン・アルミンクが初の客演指揮。プログラムはマーラーの「第9交響曲」。

 アルミンクを聴いたのは、昨年の今頃、新日本フィルとの告別演奏会以来だ。
 彼のマーラーは、これまで聴いて来た演奏と、基本的には変わりない。濃厚な表現とは正反対の位置にある、淡々として端整な、贅肉を削ぎ落とした演奏である。極度に悲劇的な情感とか、狂おしい興奮とか、彼岸に向かうような神秘性とかいった要素は、ほとんど感じられない。
 もちろん、彼なりの情感はこめているのだが、それが決して深刻にならず、情念にのめり込むことから距離を置いた演奏になっているのである。全体に軽量ですっきりした響きなので、第4楽章の弦楽器群にあふれる壮絶でデモーニッシュな表情も、比較的淡々としたものとなる。

 だがそうは言っても、その演奏が、決してドライで殺風景なものに堕していないのは、アルミンクの指揮が持つもう一つの特徴たる、瑞々しいしなやかな表情が全曲に生きているからだろう。
 平和祈念の演奏会としてこの曲を聴くのなら、このまっすぐな、屈託しない、率直な爽やかさに満ちた演奏は、むしろそれにふさわしかったといえるかもしれない━━悲愴感たっぷり、大仰に陰々滅々と演奏されたら、とても「平和祈念」にはなるまいから。

 なおこのコンサートでは、「曲の最後で照明を落すので、その照明が再び明るくなるまで拍手はお控えくださるように」というアナウンスがあった。
 最後の数小節で舞台の照明が次第に落ちはじめ、曲が終ると同時に、左右舞台奥に装飾されている大きな白色のカーテンの裏にある照明を除いて舞台はほぼ暗転、そのカーテンを背景にコントラバス群などがシルエットになって浮かび上がった。なかなか美しい光景だった。その後、あまり間をおかずに再び明るくなって、場内は大拍手に包まれた。

 これは、フライング拍手を防ぎ、またこの交響曲の少しわかりにくい終結を明らかにするという点では、すこぶる効果的な手段かもしれぬ。誰が考案したのかは知らないけれど、なかなかの知恵者のわざだろう。もっともこれは、イベント的な演奏会でないと、ちょっとやりにくい演出ではあるが。
    ⇒モーストリー・クラシック10月号 公演Reviws

コメント

照明の減衰

終楽章のコーダで照明を漸減させたのは、クラウディオ・アバドが2002年にグスタフ・マーラー・ユーゲント管とやって、’10でもルツェルンでやってました。

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