2019-11

8・3(日)コンヴィチュニー オペラ・アカデミー in びわ湖 (5日目)

    びわ湖ホール リハーサル室  午前10時

 びわ湖ホールを会場として開かれている、名演出家ペーター・コンヴィチュニーのオペラ演出セミナー。
 「蝶々夫人」(2010年)、「ラ・ボエーム」(2011年)、「魔笛」(2013年)と続いて来たこのシリーズも、今年が惜しくも最終回になるとのこと。企画と主催の当事者の昭和音楽大学で2009年に行われた「魔弾の射手」等から通算すれば5回におよんだセミナーだ。

 若手の歌手と演出家を対象に、コンヴィチュニーが一つのオペラを題材として微に入り細を穿つ演出の実地指導を行なうというこのセミナーは、彼独特の解釈をも加味した、極めて興味深いものであった。
 コンヴィチュニーと言えば、突拍子もない読み替え演出をやる奇才演出家というイメージが一般に広まっている人だし、たしかに彼の演出にはそういう要素も色濃く出ているのは事実であろう。
 しかし彼は、演技の基本については、極めて正統的な表現をしっかりとおさえている人だ。そしてこのセミナーは、概してその基本的なドラマ解釈と正確な演技を、演出家と歌手に叩きこむスタイルを採っているのである。

 ドラマトゥルギーに基づく掘り下げた作品解釈と細部にわたる演技指導をここまで系統的に行なう講座は、多分日本には他にないだろう。その意味でも非常に意義深いものがある。こういう演出教育は、本当は日本のオペラ界に今一番必要なものだと思われるのだが、今のところ、まだ正規の教育課程として取り上げる音楽大学もないようだ。何より音大そのものがこのセミナーに対して公式的にも興味を示さない、という状況が続いているのが、なんとも嘆かわしいことではなかろうか。毎年の受講者は、ほとんど例外なく、目からウロコといった思いを胸に帰って行くというのに━━。

 今年は、ヴェルディの「椿姫」が取り上げられている。それは7月30日から始まり、8月8日まで続くセミナーである。朝10時から、1時間半の昼休みを挟み、夕方6時近くまでびっしり続くという、濃密きわまる長丁場だ。
 受講歌手はオーディションで選ばれた16名、受講合唱メンバーは13名、受講演出家は14名(ただし1名は欠席)。公開形式なので、一般の人々も聴講生として参加することができる。今年は54名が登録されているが、大部分は音楽関係の人々のようで、大勢がスコアやヴォーカル・スコアを拡げ、熱心にメモを書き込んでいた。

 歌手たちは、森香織の指揮と、岡本佐紀子のピアノにより歌う。
 演出の指示を事細かに出すのはもちろんコンヴィチュニー自身だが、若手の木川田直聡と佐藤美晴━━いずれもこのセミナーの門下生でもあり、すでに演出家として場数も踏んでいる人たちだ━━が演出助手として補佐している。
 毎回ドイツ語の通訳を担当している蔵原順子が果たしている役割も、大きい。単に機械的に通訳するのでなく、コンヴィチュニーの言わんとするところを、時にはそれを補いつつ、全員に解りやすく伝えるという役目を果たしているのが彼女だ。この素早い、正確かつ明確な通訳があってこそ、受講生たちがきびきびと動けるのである。

 今日は、第2幕のフィナーレにあたる「フローラの夜会の場」が取り上げられていた。
 例えばそこでコンヴィチュニーは、夜会の客たちがヴィオレッタとアルフレードが別れたことを聞いて驚く冒頭のシーンでは、単に類型的な演技をするのではなく、スキャンダルを楽しむ社交界の連中の心理をはっきりと描き出し、「他人の不幸は蜜の味」の心理を表現することを歌手たちに要求する。
 そして、夜会に独りでやって来たアルフレードが「アルフレード、君か」とみんなに呼び掛けられて応える時には、「そうだよ、諸君」という簡単な歌詞のうちにも、「そうだ、おれだ、文句あるか」という不貞腐れた、荒んだ彼の心境をいかに口調と身振りで表現するかを、執拗に教え込む。

 次いで、一同の「ヴィオレッタはどうした?」という問いに「知らんよ」とアルフレードが自棄的に答えるのを聞いた全員が「ブラヴォ」と言うが、この短い一言の中にも「これから面白いことになるぞ」というスキャンダルへの期待をこめた心理を表現しなくてはならないことを指導する。
 あるいはアルフレードとドゥフォール男爵の短い応酬の中に、「君とおれと、どっちが彼女(ヴィオレッタ)を夜のベッドで喜ばせることができるか、勝負して見ようじゃないか」という生々しい感情をも含めなければならない、と指示をする━━といった具合である。

 いずれも巧みな心理分析だ。観ているわれわれも、このオペラへの新たなる興味をかき立てられることになるだろう。もっとも、第2幕の最後では、夜会の客全員がナイフとフォークを手に━━彼らは食事の最中にアルフレードに呼び出されたのだから━━幻想に陥って異常な狂態を示しはじめ、「舞台全体に何か悪魔か地獄のような雰囲気があふれて行く」ことを表現するあたりは、例のコンヴィチュニー・スタイルと言えるだろう。面白いと言えば面白いが、また始まったという冷めた気も起させるところである。

 受講生の歌手たちは、長丁場をみんなよく頑張っていた。特にアルフレード役の前川健生(二期会研修生)は声もよく伸びるし、演技にも熱がこもって、将来に期待を持たせる人だ。
 フローラ役の鮎澤由香里も、歌唱と演技に温かさがあっていい。ヴィオレッタ役の中村洋美は、ヴィブラートの多い発声が少し気にかかるが、声にはいいものがある。ただし演技の表現力においてはもっと修行が必要だろう。
 ほかにドビニー侯爵役の服部英生(関西二期会)が、以前の「ラ・ボエーム」の時と同様、独特のヒューマンないい味を出していた。

コメント

 1日の公開ディスカッションに出席した者です。パネリストの平田オリザ氏が、東京芸術大学へ移籍したので、大学院レベルで演出に関する講座を設置したい、と発言されていました。注目すべきことと思います。

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