2020-04

7・30(水)エリアフ・インバル指揮東京都交響楽団

     ミューザ川崎シンフォニーホール  7時

 今年の「フェスタサマーミューザ」は、7月26日(土)から8月10日(日)まで開催。ホスト・オケの東京交響楽団を中心に在京オケ8団体と神奈川フィル、洗足学園音大や昭和音大のオケ、その他ビッグバンドなどが出演。このミューザ川崎と、一部は昭和音大のテアトロ・ジーリオ・ショウワで行なわれる。

 今日のプログラムは、ワーグナーの「ジークフリート牧歌」とブルックナーの「第7交響曲」。良い取り合わせだ。
 演奏も予想通り、揺るぎなく構築された剛直なものになっていた。「ジークフリート牧歌」がこれほど生真面目な表情で演奏されたのを聴いたのは、ナマでは初めてかもしれない。おっとりやられると眠くなる曲だから、こういう強面のアプローチもたまにはいいだろう。

 一方、ブルックナーの「7番」では、この集中性が余すところなく生きて来る。隙間なく組み立てられた堅固な構造体ともいうべき、息も詰まるほどの緊張感を持ったブルックナーだ。
 ただ、インバルと都響が得意とする、あの鉄壁のようなアンサンブルや均衡に、わずかながらも緩みのようなものが感じられたのは、やはりステイタスたる定期のステージではないためか。第2楽章以降には常のような引き締まったアンサンブルが戻ったが、ホルン群とワーグナー・テューバ群だけは、今日は終始、あまりまとまっていなかったようだ。特に第2楽章最後のワーグナーへの挽歌を奏でる個所では、聴かせどころにもかかわらず、快演の足を引っ張った感があったのは惜しい。

 むしろ輝かしかったのは、1番トランペットだ。第3楽章のスケルツォの第1部の最後で、1番と2番がオクターヴ高く上がって終止を決める個所(【90】の2つ前)など、なるほどこの曲の演奏はかくあるべしと思えるほど、鮮やかなフォルティシモであった。

 インバルはこの春を以って都響の首席指揮者のポストからは退いたが、まだまだこれからも聴きたい指揮者である。

 それと、━━いつも思うのだが、都響、演奏が終って指揮者が答礼する際に、楽員の全員が客席に顔を向けて立つ、という姿勢にそろそろ変更してもいい頃ではないか? 今の姿勢では、いかにも「われわれはみなさんがどう聴いたかには関心がありません、ただわれわれのやりたいように演奏しただけですから」とでも言っているように感じられるのである。

コメント

このプログラム。以前、アルミンク指揮、新日本フィルでも行われたと思います。今回前半は、多少強面な構成で進めていったように感じます。官能さを感じつつも、牧歌としての切なさが、少しほしかったです。しかし、ところどころ甘美な弦もあり、これはこれで良しかと感じました。

後半のブルックナーは、うん?これ7番?っという曲作り。2楽章もマーラーの5番や9番のように、サクサク感があり、3楽章のコントラの重厚な低音に乗る甘美な弦の音色。どこか違ったように感じました。また、金管、TbとHrのバランスが最後まで合わなかった感があり、すこし残念でした。

それでも最近の都響の演奏は、安定感、弦の艶など、全体としてのレベルが上がっていると感じることができます。

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