2020-05

7・25(金)モーツァルト:「コジ・ファン・トゥッテ」佐渡裕指揮

     兵庫県立芸術文化センターKOBELCO大ホール  2時

 芸術監督佐渡裕がプロデュースするオペラ、今年は第10作にあたる由。「魔笛」以来7年ぶりのモーツァルトは、「コジ・ファン・トゥッテ」となった。

 7月18日から27日までの間に計8回の上演、すべて午後2時からのマチネー上演である。歌手陣は「インターナショナル組」と「アジア組」とのダブルキャストで、各々交互に4回の上演を受け持つ。前者の組にはスザンナ・フィリップスやロッド・ギルフリーらが登場して結構な人気らしく、4回の上演はすべて完売の由。後者の組は日本、韓国、中国の歌手の出演で、こちらは残念ながら完売とまでは行かなかったようだ。
 今日はアジア組だったが、そういえば1階席の最後方2、3列ほどは空いていたようである(空いていたといってもせいぜいそんな程度だ、よく入っていたことには変わりない)。

 演出はデイヴィッド・ニース。となれば、観る前からどんな舞台かはもう見当がついてしまう。いくら守旧派演出家ではあっても、その中にたとえ一つでも何か新しい発見を与えてくれるのであれば、それなりの価値も出ようが、この人の演出は常に旧態依然として過去のスタイルをなぞるばかりで、進歩というものが全くないのである。今回の「コジ」もごく穏健にして無難、良くも悪くも定番的な舞台だ。
 ただ、その範囲ではそれなりにまとまっているのはたしかであり、それゆえ誰かが指摘していたように、こういう路線だからこそ、ふだんオペラを観る機会の全くない人たちが安心して観ることができ、愉しんで帰ることができ、したがって8回もの公演が完売になる━━という状況も成り立つのであろう。

 とにかく、この演出では、最大の論議を巻き起こすべきラストシーンでも、何事も起こらない。もともと滅茶苦茶なストーリーを理屈で分析してみよう━━というのがこのオペラの通常の演出の理念と言ってもよいが、ニースのは、滅茶苦茶なストーリーは滅茶苦茶なままにしておけばよかろう━━という演出だ。シルエットだけが美しく残って、幕が降りる。

 結局、何よりも素晴らしいのは、やはりモーツァルトの音楽である。佐渡裕の指揮は極めてストレートなスタイルで、厚みのある柔らかい響きの弦を前面に押し出し、管楽器群をその中に包み込む。
 私自身はこのオペラの木管の和音が透明清澄な音色で浮き彫りにされるスタイルの演奏が好きなのだが、それとは少し違う。とはいえ、この少し重い(今日通常の演奏に比較すれば、だが)響きのモーツァルトも、聴いていて気持のいいことには変わりない。兵庫芸術文化センター管弦楽団も落ち着いた演奏を繰り広げていて、聴きやすかった。

 歌手陣は、次の通りである━━小川里美(フィオルディリージ)、フィリン・チュウ(ドラベッラ)、ジョン・健・ヌッツォ(フェルランド)、キュウ・ウォン・ハン(グリエルモ)、田村麻子(デスピーナ)、町英和(ドン・アルフォンソ)。

 うれしい驚きは、モーツァルトは久しぶりで、しかもこの役はデビューだという小川里美の活躍である。今日が3日目で、次第に調子を上げて来たらしく、ご本人も今日が一番気持よく歌えたと語っていたが、事実、2つの大アリアを含め、声も広い音域にわたって実に美しく安定して伸びていたのが素晴らしい。ドラマティックな性格も備わる声が、毅然とした決意を歌うアリアではよく生きていた。貞節で落ち着きのある上品な姉娘というフィオルディリージの性格には、ぴったりであろう。何しろ上背があり、容姿にも演技にも気品がある人だから、先日の「こうもり」でのロザリンデと同様、舞台映えも充分である。「メリー・ウィドウ」のハンナなども、早く観てみたい気がする。

 デスピーナを歌った田村麻子はニューヨーク在住で、欧米での歌劇場での活躍も目覚ましいとのこと。声量のある声と、思い切りのいい表現が魅力を感じさせる。今後もいろいろな役柄を聴いてみたい。
 ドラベッラ役のフィリン・チュウ(上海出身)も、低い音域などなかなかの凄味を発揮する人だ。今回は「はねっ返りのお嬢さん」的な表現をもう少し強く見せてもいいのではないかと思われたが、いい味を持っている人だろう。というわけで、女性軍は全員好調。

 ジョン・健・ヌッツォは、持ち前のリリカルな、しかし張りのある声で気を吐いた。ソット・ヴォーチェで躊躇う感情を歌う部分ではやや声に安定を欠いたものの、ドラマティックな個所では見事な迫力を示していた。彼も今は昔の快調さを取り戻したようである。10月のびわ湖ホールの「リゴレット」にも出る。これも期待できよう。

 一方キュウ・ウォン・ハン(ソウル出身)は、時に聴かせた最強音に張りと力があるので、更に闊達に演じればもっと演技にも歌にも面白さを出せた人ではないかという気がする。この軍人役2人、ともにアルバニアだかの謎の貴族に化けてからの方が生き生きとしていた。
 老哲学者ドン・アルフォンソ役の町英和には、もう少し「腹に一物」の曲者ぶりが求められよう。このオペラでは、彼が黒幕なのである。したがって、この役にずしりとした重みと説得力がなければ、他の5人がバカみたいな存在になってしまうだろう。

 なお装置と衣装はロバート・パージオラ。中幕や緞帳に使われた自然主義的絵画のデザインは美しかった。
 5時半終演。お客さんには女性が多い。よく笑うところが関西の良さか。デスピーナが医者に化けたり公証人に化けたりして登場するところでは、笑いながら「あれ、女中なのよ」と隣の人に教えたりしていた。オペラでそういうお客さんを観たのは久しぶりだ。こんな風に、映画を観に来るような気安さでオペラを観に来る人がもっと増えれば、と思う。

コメント

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パターン

こんにちは。
佐渡さんはデビュ-のころから注目し大成を期待して来ましたが、音楽の流れ行き先のパターンが全てのプログラムでも先が見えすぎ単純化されてると感じます。
奏者の立場だと棒も図式化され間も読めて見る必要がないと思います。
セッションレコ-ディングではなかり細かく丁寧にしてますが…

おっ、、と感じる流れを研究されては。

モーツァルトの天才に酔えた

自分は三回聴きました。「コジ…」の音楽が大好きであるからです。いつもはこのシリーズはWキャストをそれぞれ一度づつ聴くのですが(公平のため2日連続で)、ことしはスケジュールの都合もあって、すべて「インターナショナルキャスト」になりました。
とても満足しました。歌もオケも良い出来であったと思います。これまでの佐渡オペラシリーズの中でも自分は一番であると感じました。ツイッターの中に「そこそこの出来」というのを見ましたが、まったく嘲笑、ひねくれ素人は残念。
歌はなんといってもスザンナ・フィリップスがとっても良かった。まもなくこんな所では簡単には聴けなくなるでしょう。このほかの歌手もいい歌を聴かせてくれ、アンサンブル音楽をじゅうぶん楽しめました。
オケはいつもはさほど期待はしていませんが、なかなか良かった。コンマスのヴェヒター(WPh)の貢献が少なくなかったと思います。そして、このオペラのマニアでもある佐渡裕も、大切にしたいフレーズを大切に演奏してくれてうれしかった。
演出は、モーツァルトの極限的な美があふれたこの音楽を味わうには、やはり自分はあのようなトラディショナルなのでいいです。
先生には、ぜひとも「インターナショナルキャスト」も聴いていただきたかった。そしてそのレビューを拝見したかった。
先生のように病的な回数の演奏会に自分は行ってはおりませんが(笑っ)、それなりに足を運んでおります。そんな自分もひさびさに音楽っていいなぁと幸福感で胸がいっぱいになって家路に就きました。

追記

「私自身はこのオペラの木管の和音が透明清澄な音色で浮き彫りにされるスタイルの演奏が好きなのだが、それとは少し違う」
自分もこのオペラの木管が大好きです。
このホールは他ホール以上に難しいホールで、聴く位置によりかなり音の表情に変化が出ます。自分は三回ともにいろいろな所で聴きました。
全体的に弦を前に出す音づくりであったとは思います、4階では木管の音もなかなかいい塩梅で響き楽しめました。

行ってきました

今日(26日)MET組を楽しんできました
スザンナ・フィリップスは
流石の演唱で2000人が固唾を呑んで聴き入っていました
5月のMETの公演とは比べようもないけど
普段着で気軽にこれだけのオペラを毎年楽しめる
この地に住んでいることに感謝です
明日はASIA組:千秋楽
この劇場では必ず熱狂的に盛り上がるお約束になっている日
小川里美さんが楽しみです
因みに佐渡オペラでは私のようにダブルキャストの両方を楽しむのは珍しくなく
友人は明日で3回めです
この価格なのでできることで、コレも感謝ですね

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7月26日[土]・Aキャスト(外国人組)

全体に女声が良く、男声は物足りない。
出来としてはスザンナ・フィリップスが一番。弱音などが非常に美しく彼女の歌はまた聴きたいです。
ピケス・エディは三拍子そろった歌手で演技力が抜群でした(3階からの鑑賞だったのでオペラ・グラスの力を借りて…)。
ペトロヴァも歌は良かったものの舞台の振る舞いが「おばさん」という感じになっていました。通常、「小娘が大人の二人に意見する」という雰囲気が面白いのに「乳母がお嬢さんに…」という雰囲気だったかも知れません。

男声が全体に物足りない。
このオペラで、序曲から第1幕第1場の始まるところは結構好きなところですが、この第1場が全く盛り上がらず…(アンサンブルになっていない。最終日にしてこの程度)。「あー、こんなキャストなら日本人中心の方を購入すれば良かったかも…」「二期会の全員日本人キャストだった『コジ・ファン・トゥッテ』の方が良かったなあ…」「新国立劇場の再演の男性キャストは視覚的にも良かったなぁ…」とずっと思った第1場でした。

今回は演奏が終始私好みでなかったのも物足りなかったです。
どこがどう気に入らないのか分からないままだったのですが、東条さんが「重い」と書いておられたので、その部分かも知れません(過去、このシリーズでは「魔笛」「キャンディード」「トスカ」の演奏が良かったと思います。「魔笛」では「佐渡裕は結構、オペラが出来る」「(直前まで迷ったが)遠くまでわざわざ聴きに来て良かった」と感心した記憶あり)。
別の日の公演を聴いた方から「ホルンが下手すぎる」との情報を得ていましたが、私が鑑賞した日は、物足りないかも知れないものの、「はずす」という程ではなかったような…(「トスカ」の時はトリノ王立歌劇場からのサポート奏者が入っていて演奏が強力だったとの記憶。今回は、欧米系の外国人奏者は多いものの、ほとんどはここのオーケストラの奏者、あるいは過去このオーケストラに在籍した人ということでしょうか。外国人=上手な助っ人という訳ではなかったのでしょう)。

演出は平々凡々。しかし、合唱のキャストが椅子運びなどをして、全体に早い場面転換を実現していたのは良かったと思います。一か所面白かったのは、登場の時、恋人の絵を描いていたフィオルディリージとドラベッラが、別の場面で続きを描こうとすると、もううまく思い出せない…というところ。描き損じを散らかしていましたね。「去る者は日々に疎し」と言っても早すぎでしょう。
ラストは「何も起こらない」という演出家本人の説明通り。
女性は「どう終わらせるか」を気にするが、男性は「気にしない」とのことですが、このオペラについては普通、誰でもラストを気にするのでは?

「ラストで何も起こらない」というのも一つの理由かも知れませんが、私にとって全体には「記憶に残らない」公演だったような気がします。 それで、ふと思ったことは「佐渡裕はTV番組にも出て、ちょっと忙し過ぎじゃないか…。今回の公演に集中出来ていたのか」でした。

関西の観客の笑い過ぎ…は私にはどうしても耐えられないものでした。
関西の人にとっては吉本新喜劇もオペラの喜劇も同じということですね。
特に良く笑う人が座席の左右にいたのかも知れません(そんなにおかしい?という感じ)。歌を聴くべきところも耳元でケラケラと笑われてしまいました。いつ大声の笑いがあるか…と思うと集中出来なかった面もありました。
終演後の人々の会話を聞くとはなく聞いていると、多くの人の感想は「楽しかったね」でした。私は、「楽しい」はもちろん重要ですが、もう少し「考えたい」です。

この日は何でもかんでもブラボーと叫ぶ人がいて、序曲から第1幕第1場へのつながりでブラボー。これにつられて拍手する人がいる一方、シーッの静止。舞台を観ながら聴いていれば拍手するところじゃないと分かると思いますが…。

ラストはAキャストの最終日ということで、「ありがとう 10周年作品を楽しみに」の文字と銀の紙ふぶき。ピケス・エディは作品中の演技力の延長で、結構はしゃいでいました。
彼女も含めて、今回、「初来日」が多いですよね。東京公演なしの初来日。日本の印象は随分違うでしょうね(東京ならスタンディング・オベーションにはならないと思います)。



N.W.さんのご意見、興味深く拝読しました。

それぞれ感じ方がとうぜんあるのであり、それは尊重されるものではあります。そして、自分としては考えを変えることはありません。

両方を聴いた海外にもよく行くオペラ通の友人によると(それぞれ2回聴いたそう)、ことしはぜんぜん勝負になっていなかったとのこと。Aキャストの圧勝。また、かれもこれまでの佐渡オペラの中では筆頭に挙げるべき出来であったと言っていました。自分も同意見です(列挙されているのも聴いておりますが、一聴してこのたびのが気合いが違うのが分かります)。これは多くのブログにおいても、それにて落ち着いたと見えます。

佐渡さんの多忙により手抜きであったかもとのことですが、プレ-イベントやインタビュー記事からも、かなりの思い入れを持って「コジ…」に臨まれているが分かります。佐渡さんの念願宿願であったのです。演奏後の楽員からも話を聴きました。

なお、“笑い”も度が過ぎるのはもちろんいけませんが、東条先生もおっしゃっているとおり、あれくらいは許容範囲ではないですか。むしろ、作曲家も楽しい演劇をこれは望むところでしょう。(自分はとくに笑うこともなく、ただただ音楽に浸ってはいましたけれどもネ)

めがねめがね…

オペラにオペラグラスは必携だなあ(´;ω;`)ブワッ
おいら第一幕が始まったとたん愕然としたよ。Σ(´Д`ノ)ノ
字幕が読めない( ゜-゜)トオイメ
おいらの目が想像以上に悪くってさあ、字幕が読めなくて、ストーリーがわからなくて、第1幕はつらい1時間だったよ。(ーー)ヾヴ~ム・・・
特にデスピーナ先生が女兄弟に恋のレッスンをするシーン。(*^ヮ゚)b
ホールの他の観客は笑いに包まれているのに、おいらはポカーンとしっぱなし\(゜O、゜)ノ
つらかったな_/乙(、ン、)_
このシーンを見るためにコジファントッテのチケットを買ったくらいの楽しみのシーンだったのに。・゚・(ノД')ヽ(゚ω゚ )モニュニュ
それで、休憩時間が始まるや否やショップに飛んでって、オペラグラスをゲッツしたよε=ε=ε=ε=ε=ε=ε=┌(ゑдゐ)┘うわぁぁぁぁぁん

それで何とか字幕が読めるようになって、ストーリーを把握できるようになったよ。そしたら・・・
お芝居にのめり込んだ(@@;)
いやあ、面白かったな♪なるほど人気の演目な訳だヽ(´ー`)ノ
特にクライマックスの結婚式のシーン(=゜ω゜)ノデヘ
このシーンに至っては、ハラハラドキドキ、惨憺たる修羅場のバッドエンディングしかありえない展開でサ。一体どーなることかとd(>へ<)pd(>へ<)p
ホールの中にはモーツァルトの作曲した華麗な曲が流れている一方で ヽ(´ー`)ノ
おいらの頭の中には火曜サスペンス劇場のテーマ曲が流れていたよ。ワクワク((o(゚▽゚○)(○゚▽゚)o))ドキドキ
そんなこじれた人間関係を丸く治めるモーツァルト&ダポンテの力技には舌を巻いたな(o^-')b グッ!!
ブラボ~♪(^/O\^)
というわけで、オペラにオペラグラスは必携だなあ( ,_ノ` )y━・~~~
デカケル トキ ハ ワスレズ ニ
(なんのCMだっけ?( ̄▽ ̄;))
m9(゚∀゚)Идиот!> номенклату́ра
נומנקלטורה עמלק
Ceterum autem censeo, Nomenklaturam esse delendam.

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