2019-08

2・12(水)アラン・ギルバート指揮ニューヨーク・フィルハーモニック

    サントリーホール  7時

 アラン・ギルバートがこのオケの音楽監督になってから、もう4年半になる。

 その直後の来日公演(2009年10月)を聴いた時には、随分几帳面で端整な音楽をつくるものだと思い、あの「暴れ馬」のごときNYフィルがこういう指揮者をシェフに選んだことにも驚いたものだ。
 その後、北ドイツ放送響や東京都響などへの客演指揮を聴き、彼は作品の性格や相手のオーケストラによってかなり指揮のスタイルを変える人なのかな、と考えていた(都響でのブラームスは重厚壮大で素晴らしかった)が、未だにその結論は出せていない。

 ただ、今回の演奏を聴いた印象では、以前よりは自由さと闊達さが出て来たように思われるが、それでもやはり、どれほど音楽が熱狂し昂揚する個所であっても――そして彼の身振りがどんなに烈しくなった時にも――どこかに端然たる佇まいのようなもの、あるいは心の内側では熱狂していてもそれが表に出て来ない、一種の淡彩な感覚のようなものを、演奏に感じてしまうのである。

 しかし、オーケストラは、昔と同じようによく鳴る。前回聴いた時には艶やかな弦楽セクションの音色が印象的だったが、今回は金管セクションが強力で、サントリーホールを揺るがせるばかりのパワーを誇示していた。昔の日本の批評だったらこれを「アメリカ風の豪華なサウンド」というところだろうが、今ではそんな画一的な表現は通らないだろう。
 だがこのNYフィルの音を聴くと、いかにもあの巨大なエイヴリー・フィッシャーホールで聴くオケの、良くも悪くもニューヨークの聴衆を愉しませるあのオケの贅沢な豪快さを感じて、何か微笑ましくなってしまうのである。

 なお今回はヴァイオリン群を対向配置にし、ヴィオラを下手寄りに、チェロを中央に、コントラバスを上手側奥に配置、ホルンを舞台奥ほぼ中央に、その他の金管を舞台奥中央から上手寄りに一列に並べるという配置だった。

 プログラムは、1曲目がクリストファー・ラウス(1949年ボルティモア生れ)の「狂喜(Rapture)」と題された12分ほどの大編成の作品。
 ドビュッシーの「海」とオネゲルの「夏の牧歌」をミックスしたような前半の曲想から、やがて熱狂的な最強奏に向かう。作曲スタイルはかなり保守的だが、非常に耳あたりのいい曲であることは確かで、こういうのもありかな、という・・・・つまりそういう路線の作品だ。アメリカのオケは国外旅行に出る時に必ず自国の作品を携えて行くというのが昔からの慣わしで、それ自体は大いに結構なのだが・・・・。

 2曲目は、イェフィム・ブロンフマンをソリストに演奏されたリンドベルイ(1958年ヘルシンキ生れ)の「ピアノ協奏曲第2番」。2012年に、この同じ顔触れによりニューヨークで初演されたという。
 「近年の」リンドベルイの作風によるもの、と言える曲だろう。ピアノのソロ・パートもオーケストレーションも細密で手の込んだ構築に仕上げられており、カラフルな響きを持つ聴きやすい協奏曲だ。ブロンフマンの豪壮なソロが、ラヴェル(左手)やグリーグの協奏曲の一部を連想させる。だが、30分の長丁場を保たせるにはもう一つ何か大きな曲想の変化が欲しいようにも思われる。

 愛想のいいブロンフマンは、ソロ・アンコールとしてショパンの「エチュード作品10-8」とプロコフィエフの「ソナタ第7番」の第3楽章を弾いた。特に後者は彼らしく豪壮猛烈な演奏で客席を沸かせたが、リサイタルならともかく、オーケストラ・コンサートの客演ソリストがアンコールを2曲も弾くのは少々やりすぎだろう(「やり過ぎる」ソリストは少なくない)。

 最後はチャイコフスキーの「第5交響曲」。ギルバートの指揮はストレートなスタイルで、この作品から何か新しい視点を引き出してやろうというタイプの演奏ではない。だが金管群の響きは壮烈で、特にホルン群はしばしば他の全管弦楽を圧するほどの勢いと大音量で活躍、独特のサウンドをつくり出して迫力を生む。
 とはいえ、オケの音色に、不思議に色彩感が乏しいのが気になるし、テンポも良く音量もエネルギー感も充分でありながら、何か醒めたままで燃えない音楽であるのも気になるところだろう。今夜の演奏としては、やはり前半の現代音楽の方に分がある。
 アンコールはチャイコフスキーの「弦楽セレナード」からの「ワルツ」。ギルバートはさすが日系、綺麗な流暢な日本語で挨拶していた。
      音楽の友4月号演奏会評

コメント

お疲れ様です。コメント連投させていただきます。
このコンビでの初来日で「巨人」を聴きました。確かほぼ同時期にシャイー&ゲヴァントハウスも「巨人」をひっさげて来日したので、両方を同じサントリーで聴くことができましたが、なんとビックリ!。NYPOを聴いた第一印象は、「音が暗い、渋い」でした。一方、ゲヴァントハウスは、「え?!音が明るい!派手な音になったなあ!」といった具合でした。やはり時代や、振るマエストロ、その日の状態でも随分変わるものなんだと痛感した次第です。

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