3・18(日)ドレスデン・リヒャルト・シュトラウス・ターゲ
楽劇「影のない女」
ザクセン・ドレスデン州立歌劇場
今回初めてパルケット席に入る。12−30という位置で、ここではオーケストラもあまりガンガン来ないでやわらかい音になるだろうと思いきや、マルク・アルブレヒトがオケを鳴らすこと鳴らすこと。怪獣のごとき咆哮で、しばしば声をかき消してしまう。新国立劇場の何ともかぼそいオーケストラの音に比べると、恐ろしくなるくらいに巨大なサウンドだ。アラン・タイトゥス(バラク)の声だけがそれを突き抜けて聞こえてくる。
だが、昨夜のレンネルトの指揮みたいに金太郎飴的ではない。起伏があって、叙情的な箇所ではそれなりに美しく聴かせる。激しい箇所では、このオペラが20世紀の現代音楽としての鮮烈さを充分に備えているのだということを改めて思い起させた。
舞台装置と衣装はロザリエ。例のごとく奇抜なデザインによる、キッチュでカラフルな舞台だ。彼女の舞台装置は、以前のバイロイトの「指環」でもそうだったが、常に演出まで左右してしまうらしい。これまで凡庸な演出家と組んだものばかり観せられたからかもしれないが。今回の演出を担当しているハンス・ホルマンもまた、型通りのことしかやっていない。
ラストシーンで乳母が独り本を読んでいたのは、彼女を語り部として設定したのか。リーンドラ・オーヴァーマンというあまり冴えない乳母役のいかつい顔は、まるで「あなた方はこんな話を信じますか?」と言っているみたいに見えるが、そこまでの伏線が何もなかったので、真意は定かでない。
第2幕大詰の、大洪水にバラクの家も人間たちも巻き込まれるという場面にも、所謂ケレンはなく、乳母と皇后が一緒に退場し、一方バラク夫妻は、蝿みたいな格好をした霊界の兵士たち(?)に連れ去られるという演出で、面白みも何もない。演技の上での心理描写もあまり詳細に行なわれていないので、バラクにとっては、なぜ自分まで罰を受けねばならないのか、おそらく納得できないのではなかろうか。
敷居の護衛者はコップを捧げて皇后に飲めと勧めるのみ。生命の水を飲むか、影を諦めるかといった切羽詰まった状況を描くには迫力が皆無である。こういう舞台を観ると、つくづく、あの猿之助の演出した舞台がいかに凄まじく大がかりで、見せ場に富んでいたかと改めて懐かしくなる。
アラン・タイトゥス(バラク)とルアナ・デヴォル(妻)は、19年前に日本でやったミュンヘン・オペラの時と同様、強力である。皇后は、2日前にダナエを歌ったスーザン・アンソニー。役柄の性格を見事に使い分けて、こちらは可憐さを見せ、いずれも魅力的であった。オーヴァーマンは声は有るが、演技はあまり冴えない。皇帝のヨン・ケティルソンはヤサ男で、調子も良くなかったらしく、存在感はほとんどゼロに近い。今回観に来た5本の内では一番のお目当てだったのだが、期待外れというところか。
この翌日以降、「カプリッチョ」「ナクソス島のアリアドネ」「エレクトラ」「ばらの騎士」という魅力あふれる作品が並んでいたのだが、東京でのロバート・カーセン演出と小澤征爾指揮による「タンホイザー」をどうしても観たかったので、涙を呑んで帰国するスケジュールになった。
今回初めてパルケット席に入る。12−30という位置で、ここではオーケストラもあまりガンガン来ないでやわらかい音になるだろうと思いきや、マルク・アルブレヒトがオケを鳴らすこと鳴らすこと。怪獣のごとき咆哮で、しばしば声をかき消してしまう。新国立劇場の何ともかぼそいオーケストラの音に比べると、恐ろしくなるくらいに巨大なサウンドだ。アラン・タイトゥス(バラク)の声だけがそれを突き抜けて聞こえてくる。
だが、昨夜のレンネルトの指揮みたいに金太郎飴的ではない。起伏があって、叙情的な箇所ではそれなりに美しく聴かせる。激しい箇所では、このオペラが20世紀の現代音楽としての鮮烈さを充分に備えているのだということを改めて思い起させた。
舞台装置と衣装はロザリエ。例のごとく奇抜なデザインによる、キッチュでカラフルな舞台だ。彼女の舞台装置は、以前のバイロイトの「指環」でもそうだったが、常に演出まで左右してしまうらしい。これまで凡庸な演出家と組んだものばかり観せられたからかもしれないが。今回の演出を担当しているハンス・ホルマンもまた、型通りのことしかやっていない。
ラストシーンで乳母が独り本を読んでいたのは、彼女を語り部として設定したのか。リーンドラ・オーヴァーマンというあまり冴えない乳母役のいかつい顔は、まるで「あなた方はこんな話を信じますか?」と言っているみたいに見えるが、そこまでの伏線が何もなかったので、真意は定かでない。
第2幕大詰の、大洪水にバラクの家も人間たちも巻き込まれるという場面にも、所謂ケレンはなく、乳母と皇后が一緒に退場し、一方バラク夫妻は、蝿みたいな格好をした霊界の兵士たち(?)に連れ去られるという演出で、面白みも何もない。演技の上での心理描写もあまり詳細に行なわれていないので、バラクにとっては、なぜ自分まで罰を受けねばならないのか、おそらく納得できないのではなかろうか。
敷居の護衛者はコップを捧げて皇后に飲めと勧めるのみ。生命の水を飲むか、影を諦めるかといった切羽詰まった状況を描くには迫力が皆無である。こういう舞台を観ると、つくづく、あの猿之助の演出した舞台がいかに凄まじく大がかりで、見せ場に富んでいたかと改めて懐かしくなる。
アラン・タイトゥス(バラク)とルアナ・デヴォル(妻)は、19年前に日本でやったミュンヘン・オペラの時と同様、強力である。皇后は、2日前にダナエを歌ったスーザン・アンソニー。役柄の性格を見事に使い分けて、こちらは可憐さを見せ、いずれも魅力的であった。オーヴァーマンは声は有るが、演技はあまり冴えない。皇帝のヨン・ケティルソンはヤサ男で、調子も良くなかったらしく、存在感はほとんどゼロに近い。今回観に来た5本の内では一番のお目当てだったのだが、期待外れというところか。
この翌日以降、「カプリッチョ」「ナクソス島のアリアドネ」「エレクトラ」「ばらの騎士」という魅力あふれる作品が並んでいたのだが、東京でのロバート・カーセン演出と小澤征爾指揮による「タンホイザー」をどうしても観たかったので、涙を呑んで帰国するスケジュールになった。
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