2020-04

11・30(土)クシシュトフ・ウルバンスキ指揮東京交響楽団

    ミューザ川崎シンフォニーホール  6時

 今年4月、首席客演指揮者に就任したウルバンスキはポーランド生まれ。30歳を出たばかりだが、既にインディアナポリス響音楽監督、ノルウェーのトロンハイム響首席指揮者を兼任する注目の若手である。
 この日の彼は、東京響の「名曲全集」シリーズに登場、ペンデレツキの「広島の犠牲者に捧げる哀歌」と、モーツァルトの「ピアノ協奏曲第18番K456」(ソリストはフセイン・セルメット)、ブラームスの「交響曲第2番」を指揮した。

 前回(2011年6月)の客演指揮を聴いた時には、明晰怜悧にして、熱狂からは距離を置いたタイプの指揮――と感じたものだが、今回もほぼ同様の印象と言っていい。それだけでなく、ピアニッシモの多い叙情的な作品を手がけた時の彼がどんな解釈を採るか、ということも瞥見できて、大変興味深いものがあった。

 「広島・・・・」には――暗譜で振っていたのはさすがである――切り込むような鋭さ。
 モーツァルトの協奏曲でも、極めて鋭利な、白色の光に照らされるような清澄な音色をあふれさせ、セルメットのモノローグを囁くようなソロに呼応して、秘めやかなオーケストラの流れをつくった。第2楽章での澄みきったハーモニーの美しさは絶品で、「フィガロの結婚」のあのバルバリーナの歌が、こんなに透明で嫋々たるものだったかと感じ入ったのは、久しぶりのことであった。

 ブラームスの「第2交響曲」は、かなりユニークである。第1楽章はアレグロ・ノン・トロッポの指定ながら、朝比奈的(?)なテンポで、しかも提示部の反復を欠かさないので、演奏時間も22分に達してしまった。
 しんねりむっつりと言うほどではないが、かなり遅い。重厚で粘着的な進行ならともかく、リズムも音色も明晰にして鋭角的なのだから、テンポとの間にややアンバランスな印象を感じるのは当然だろう。
 アレグロがこれだけ遅いと、第2楽章のアダージョ・ノン・トロッポのテンポとの間に対比が生まれなくなるだろう。東京響は端然と演奏していたものの、この遅いテンポが完全に持ちこたえられていたとは――聴く側からは言い難い。

 第3楽章のアレグレットに至って、漸く解放感が訪れる。前2楽章であれほど張りつめていた弦の音色が、グラツィオーソ楽章では突如柔らかくなる。この音色の変化の見事さ。
 第4楽章も含めて全体的に節度を保った抑制された音量で演奏されたが、この曲にはもともと真のフォルティシモの個所があまり多くないことを思えば、それは極めて当を得たアプローチだろう。

 その第4楽章、最強奏で進んで来た音楽が頂点を築いたと見られる時、最終の延音付和音は、突然ふっと力を抜いて、柔らかく響いて結ばれた。ウルバンスキは、この最後の和音に、この交響曲の叙情的な優しさを集約し象徴させたのか? なかなか一筋縄では行かぬ指揮者ではある。
    ⇒音楽の友新年号 演奏会評

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