2020-01

11・17(日)クリスティアン・ティーレマン指揮ウィーン・フィル

   サントリーホール  4時

 11月6日の大阪を皮切りに行われて来たティーレマンとウィーン・フィルのベートーヴェン・プロによる公演も、今日がついに最終日。
 交響曲「第8番」と「第9番」がプログラムに組まれ、「第9」にはウィーン楽友協会合唱団が協演する。豪華な演奏会である。
 声楽ソリストには、エリン・ウォール(S)、藤村実穂子(Ms)、ミヒャエル・ケーニヒ(T)、ロベルト・ホル(Br)が参加していた。

 「8番」が開始された瞬間から、仮にブラインド・テストであっても判るような、これぞまさにウィーン・フィル、といった独特の響きが流れ出す(コンサートマスターはおなじみライナー・キュッヒル)。一口では形容しがたい、一種の官能的な美を湛えた音色だ。
 今回のティーレマンは低音域に重心を置いた剛直な構築性をオーケストラから引き出し、壮大な風格を持つ音楽を展開させており、特に「8番」ではベートーヴェンのユーモア感などに全くこだわらぬ正面切ったアプローチを試みていたが、その厳然とした構築感がウィーン・フィルの柔軟な表情と微妙にせめぎ合うところに、ある意味での面白さが感じられたのである。

 「第9」では、ティーレマンの個性が存分に発揮された。これほど濃厚な「第9」に出会ったのは、ナマの演奏会における私の経験では、これが最初だ。

 ティーレマンは、ブライトコップ版(もしくはそれに近い楽譜)を使用し、16型編成の弦と倍管とで重厚な響きを出し、遅めのテンポで、しかも緩急を自在に変化させて行く。時に付与するリタルダンドとパウゼも、昔の彼とは大いに違って、今では緊迫感も充分である。ティーレマンのこの凄まじいアクの強さと、ウィーン・フィルの千変万化の柔軟な音色と表現力とが交錯する面白さを味わえるのは、ナマの演奏でこそ可能なことであろう。

 第1楽章は、異様なほどのミステリアスな雰囲気で演奏されて行った。これほど「暗い」マエストーゾの楽章も稀ではなかろうか。そして、その神秘性が解決される形で、見事に昇華されて行った個所が、第4楽章の合唱「星のあげばりの上に神は住み給う」のくだりではなかったろうか? ここでのティーレマンの伸縮自在のテンポと、pからfの間を縦横に動く微細なデュナミークの変化は、幻想的なほど美しい神秘性を生んで、舌を巻くほどの素晴らしい音楽づくりになっていた。

 また、音色づくりの面白さもある。たとえば、第4楽章のテノール・ソロに先立つ行進曲の個所。あたかも勝利の行進が「遠くから」聞こえて来るかのごとく、木管群が絶妙な美しい弱音で行進曲を吹きはじめ、それが次第に近づき、盛り上がる。この柔らかい音色の効果は、実に驚くべきものだった。指揮者の設計の巧さと、オーケストラの表現力の豊かさが発揮されたところでもあった。

 その他、全曲いたるところでのテンポの精妙で鮮やかな動かし方――特に音楽が高揚する個所でテンポをみるみる速めて行く呼吸など、どこまでが自然体で、どこからが芝居気なのか、判然とし難いほどの名人芸である。ティーレマンも凄い指揮者になったものだとつくづく感心するが、一方それを受け止め、合わせていると見せつつ、おのれの個性の中に指揮者を引き込んでしまうウィーン・フィルのしたたかさ、老練さにも舌を巻かないではいられない。指揮者とオケとの真剣勝負とは、こういう演奏を指すのではないか。

 これほど強烈な主張を感じさせる「第9」は、現代では滅多に聴けないだろう。部分的に如何に見事な演奏があったとしても、このティーレマン=ウィーン・フィルの演奏全体と比較すると、何かが足りなく思えてしまうかもしれない。

 ソリストは、藤村実穂子だけは実に安定した歌唱を聴かせてくれていたが、あとの御三方は、残念ながら少々頼りない。
 特にロベルト・ホルは、かつてバイロイトその他で素晴らしい歌唱を聴かせた時代のことを思い出すと、何とも寂しい限り。出だしのレチタティーヴォの個所をはじめ、続く「歓喜の歌」の先導のくだりの歌唱など、失礼ながらあれではとても「幾百万の人々」を高揚に誘うリーダーとしては・・・・。
 代わってその役割を果たしたのは、あの素晴らしいウィーン楽友協会合唱団だった!
   ⇒日本経済新聞

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