2019-05

11・9(土)インバル=都響のマーラー「7番」

   東京芸術劇場  2時

 エリアフ・インバル指揮東京都交響楽団によるマーラー・ツィクルス。
 
 ナマ演奏は生身の生き物で、その日によって演奏の出来も異なって来るものだ。いくら同一の作品であっても、2つのオーケストラの演奏を安易に比較することは危険である。
 だが、少なくとも昨日と今日の演奏を聴き比べた範囲では、やはり年の功というか、若いハーディングに比べると、老練インバルにはさすがに一日の長があった、と言っていいだろう。

 ハーディングが些か手を焼いていた感のある、楽曲構築において見通しの良さを確立するという点でも、インバルは鮮やかな手腕を示した。フレーズや主題の際立たせ方が極めてメリハリに富み、明晰につくられるので、各楽章における形式感が明確に浮かび上がる。
 暗鬱な雰囲気のある最初の4つの楽章と、突如として明朗な曲想が爆発する第5楽章とが、不思議に段差をあまり感じさせず、違和感なく結びついて聴こえたのは、前者の楽章群がいわば剛直な毅然とした佇まいを感じさせる――もしくはそれに近い――表現で演奏されていたからではなかろうか。

 その意味ではこれは、マーラーのこの曲における、昔から指摘されている所謂「矛盾点」を、いとも容易く解決してしまった演奏、と言ってもいいのかもしれない。「鮮やか」と言ったのは、その組み立てが、インバルは実に巧いということなのである。
 だが、そこから先は、好みの問題である――この演奏が反発を呼ぶとすれば、まさにそこに原因があるとも言えるのではないか? 第1楽章から第4楽章まで漂っている、あの独特の怪奇な雰囲気・・・・これがまた、マーラー好きにとっては何とも言えない魅力なのだが、それらがあまりに割り切った感覚で構築されてしまっていたのも事実なのではなかろうか。

 特に、明快な響きで押して行った第5楽章の終結直前、それまでの昂揚をさらに一段上回る歓呼・・・・の個所が少々物足りなかったのは、すでに遥か以前から音楽が明晰になり過ぎていたからではないか、とも思う。
 前夜のハーディングが、それまでの「霧」の如き翳りをここで振り払い、そのあと、恰も若者の歓呼のようにみるみる音楽を湧き立たせて行った演奏を、私はここで一瞬思い出してしまったのである。

 東京都交響楽団は、実に見事な演奏をした。特にホルン群とトランペット群は強力であり、力と輝かしさにあふれて咆哮し、歌い上げていた。横浜の「6番」の時には体調を崩していたあの奏者も元気で復活していたのは嬉しい。都響が本気になればかくも壮烈で強靭無類な演奏を繰り広げるのだということを実証したような「7番」であった。

コメント

都響とNJP

マーラーの7番が同日同時刻に別オケ別会場で演奏される東京横浜に驚きますがもったいないようにも思えます。
東条先生と逆で8日インバル&都響@みなとみらい、9日ハーディングNJP@トリフォニーと聴きました。大型戦艦インバルと高速巡洋艦ハーディングという違いで終演は10分位ハーディングが速い感覚にさえなりました。
金管群の大砲威力は都響に軍配、大型戦艦艦長の操舵技術には涙さえしました。一方の若い艦長は実に機敏で気持よいほど速い。NJP二日聴いた音友は二日目の出来は格段に良く、NJPの楽員の一人も金曜はゲネプロで力使い果たしたあとの本番でやや集中力も不足したのに、土曜はリハなしで個人で修正したにも関わらずハーディングの意図に近いものになる出来栄えだったそうです。
一週間前に6番をやっている都響の方が演習十分でマーラーモードになっていた利点もありますね。別日程で調整してくれたら4回全部聞き入ったのに。やはりもったいない気がします。
しかし、フライング拍手とブラボー軍団には全くがっかりさせられます。コンサートマナー教育の必要性を感じる演奏会が続き、歌舞伎に毒されたか(?)、日本の聴衆の一人として恥ずかしさ感じます。

見通しのよさ

ふと手持ちの昔のフランクフルトでの演奏を聴きなおしてみると、昔からインバルは見通しの良い表現をしていたことに気づかされます。特に、今回のサイクルはそれまで暗譜だったインバルがスコア持ち込みで、非常に丁寧にひとつひとつのフレーズを大事にした演奏をしている印象を受けています。
こう2楽団の感想を聞かされると、片方しか聞いていないことに少し後悔を覚えます。
ちなみに、演奏は古いフランクフルトよりも現代の都響の方が機能性に優れている印象を受けます。それだけ、みんながうまくなったんでしょうね。

インバル=横綱相撲

みなとみらいのインバル7番を聴きました。完売御礼の東京公演に比べ若干空席がありました。
詳細は、上記のお2人の素敵なお話がありますので割愛しますが、
聴いた後にまず連想したのは、横綱白鵬が余裕をもった危なげない盤石の相撲を見せてくれた時に感じる、「さすが!!」と唸らされるあの感覚でした。

もう1つ特筆なのは、今日本のオーケストラの中で、いわゆる「マーラーの音色」を最も体現させてくれるのが、今の都響だと思います。
ベルティーニ、インバルというユダヤの血が通ったマーラーのスペシャリストのもとで演奏してきた成果が素晴らしい形で実を結んだ結果と思います。とっても貴重だと思います。

実に遅ればせながら

東条さんの批評のもと、今年も良い音楽が沢山聴けました。ありがとうございました。
今回のインバルのマーラー、私も満足でした。来年の3月の8,9番と7月の10番も楽しみです。大地の歌も再演して欲しいです。ショスタコはもう演奏しないのでしょうか?
ところで、年末の大掃除をしていたら、26年前の雑誌が出てきて、インバルと
アンリルイドラグランジュのマーラー7番についての会話が出ていたので、
ご参考までにご報告です
ラグランジュ「あなたはマーラーから全てのロマンチックな局面を取り去ってしまいましたね」
インバル「はい。しかしロマンチックな局面にさえも、特に<第七番>の交響曲においては、かすかにゆがんだ鏡のようなものがあるのです。ロマンスであろうと何であろうと、通り過ぎるものは、かすかにゆがんだ鏡に映るのです。それは、ほんの少し亀裂のある花瓶のようなものです。それゆえ純粋にロマンチックにみることはできないのです」
1950年代の全盛期のバーンスタインのマーラーに啓発された世界的なマーラー指揮者が、50年以上後の2013年にこのような凄いマーラーを日本人オケと繰り広げて、近くのホールで別のオケが同じ曲で競い合うなんて、東京も凄い音楽都市になったものですね。
来年も東条さんの良い批評のもと、良いコンサートに沢山出会えることを祈念しております。良いお年を。

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