2019-11

10・9(水)MET チャイコフスキー:「エフゲニー・オネーギン」

     メトロポリタン・オペラ  7時30分

 今シーズンの開幕公演として新制作されたもの。全13回予定の、今夜が5回目の上演。

 指揮はワレリー・ゲルギエフ。昨夜の「鼻」に続いての登場だ。演出はデボラ・ウォーナー、演出監督がフィオナ・ショウ。
 配役も、タイトルロールにマリウシュ・クヴィエチェン、タチヤーナにアンナ・ネトレプコ、レンスキーにピオトル・ベチャワ、オリガにオクサナ・ヴォルコーワ、ラーリナ夫人にエレーナ・ザレンバ、乳母フィリッピエヴナにラリッサ・ジャジコーワ、という強力極まる顔ぶれである。グレーミン公爵はアレクセイ・タノヴィツキだったが、こちらは惜しいことに少し弱い。

 ゲルギエフの指揮のもと、METのオケが実に美しい音を出す。一昨日の「ノルマ」でのフリッツァとは、天と地ほどの差だ。
 特に叙情的な個所でのゲルギエフの音楽づくりは絶妙で、第1幕ではタチヤーナの心の昂揚、逡巡などを実に巧みに描き出す。そもそもチャイコフスキーの音楽がよく書けており、中でも女性の心理の動きが隅々まで微細に描かれていることには舌を巻くほどだが、それをゲルギエフがまた巧く表出するのである。ただし第2幕以降は、何故か少し演奏に鋭さと精彩を欠く印象だったが・・・・。

 全体に抑制した表現で、第3幕最後のタチヤーナとオネーギンの葛藤の場面など、前回のMETのプロダクション(ロバート・カーセン演出版、DVDで出ている)における劇的で激しい表現とは趣きを異にし、やや遅めのテンポを採って描いていた。
 また今回は、タチヤーナが去ったあと、オネーギンの最後の言葉と管弦楽が始まる前に、異常に長い沈黙が置かれたが、――もちろん音楽もここで長いこと完全に停止しているわけだが、ゲルギエフがよくこんな「演出優先の演奏」にOKを出し、そのように指揮したものだと驚く。だが、それまで葛藤=転調が続いてきた音楽が最後の破局に盛り上がろうとするところで完全に途切れてしまうことについては、やはり賛意を表しかねる。

 ゲルギエフとともに人気が高く、ブラヴォーの声が多いのは、もちろんアンナ・ネトレプコだ。流石にロシア・オペラだと、歌唱もピタリと決まる。
 演技の巧さは、相変わらずである。オネーギンとの出会いの場面での動揺や、彼への手紙を乳母に託したあとの複雑な心理の動きの表現など真に迫っているし、ことにオネーギンから尤もらしく説教される場面での打ちひしがれた表情の演技など、かつてのミレッラ・フレーニのそれを凌ぐのではなかろうか。第2幕でトリケの気障な賛辞に閉口する場面ではユーモラスな演技が見られる。

 体型がかなり丸くなって来ているので、田舎娘の扮装の時はあまりサマにならないけれども、第3幕でのグレーミン公爵夫人になってからの堂々たる威容は見事なもので、とりわけラストシーンでの厚いコートや帽子に身を固めた貴婦人の姿は、流石の気品であった。
 公爵夫人となって登場する最初の場面では、第2幕までの内気な田舎娘からは考えられぬほどの横柄で鼻持ちならぬ女主人の雰囲気を出しており、そこまでやるかと驚かされたが、そのあとのオネーギンとの対決の場面では、彼への愛と憐れみが交錯する女性としての微妙な心理を完璧に表現していた。別れ際にタチヤーナがオネーギンに激しくキスをし、呆然とした男を残して去るという演出は今回初めて見たが、第1幕の「手紙の場」が逆転するという意味でも、これは効果的と思われる。

 その他、クヴィエチェンもベチャワも、あるいはザレンバにしてもジャジコーワにしても、みんな歌唱は見事だが、演技となると、思いのほか平均的だ。
 そもそも演出が極めてストレートな手法に拠っており、それはいいとしても、ドラマトゥルギーの面ではさほどのひらめきが感じられない舞台なのである。美術(トム・ピイ)もどちらかというと地味で、おとなしい。
 それゆえ、おそらく今回の演出は、実はさほど踏み込んだものではなく、ネトレプコ1人だけがその「オペラ女優」的な優れた感覚により、自分で工夫をしつつ演技をしているのではないか――と推測されるのだが、如何だろうか?

 オネーギンとレンスキーの決闘のシーンは――ここは演出家の腕の見せ所だが――今回はこうだ。いよいよ銃(今回はピストルではない)で対決する直前、レンスキーがオネーギンに手を差し延べ、オネーギンが意外な表情を隠せぬまま握手に応じる。オネーギンは和解が成立したと思う。だがそれにもかかわらず、レンスキーは決闘を急ぐ。レンスキーが銃を構えたまま慌しく、むしろ死を願うような様子で進んで来るのにつられたように、オネーギンが先に発砲する・・・・。ここなど、演出をもう少し煮詰めて綿密に構築すれば、もっと興味深い心理描写になったのではないかと思うが、惜しい。

 11時15分終演。
 なおゲルギエフは、今回は「オネーギン」の全公演と、「鼻」の公演の途中までを指揮するというMETへの力の入れようだが、その他にも来週はカーネギーホールにマリインスキー劇場のオーケストラを連れて来て、ストラヴィンスキー、ショスタコーヴィチ、ラフマニノフそれぞれの特集プロを指揮するそうである。聴けないのが残念だ。

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