2019-08

9・19(木)井上道義指揮大阪フィル「トゥーランガリラ交響曲」

      ザ・シンフォニーホール(大阪)  7時

 これに先立ち、午前11時からびわ湖ホールで、来年3月8日・9日に上演する「死の都」について、指揮の沼尻竜典、演出の栗山昌良、マリー&マリエッタ役の飯田みち代らが出席する制作記者会見があったので、立ち寄って取材。ついでに午後1時からの「ヴァルキューレ」公開ゲネプロの、第1幕だけを観てから、――大阪に移動。

 メシアンの「トゥーランガリラ交響曲」。
 これは大阪フィル9月定期の第1日。井上道義と大阪フィルの顔合わせがどんな演奏を生むのか、そこに多大の関心と興味があったので聴きに来たわけである。

 井上は今回、管楽器群全部を舞台上手側に、打楽器群を全部下手側に、弦楽器群を中央に配置するという手法を採ったが、これがすこぶる面白い響きを生んだ。特に管楽器と打楽器の各パートが非常に明晰に聞こえ、作品が今まで聴き慣れた以上に刺激的に感じられたのである。
 
 その代わり、その両者が咆哮している間は、中央に配置された弦楽器群はほとんど聞こえなくなるという逆効果も生じたわけだが、――ただしこれらは、今日が初日だったために、良くも悪くも、音のバランスが未だ完全に整っていなかった所為もあったのかもしれない。というのは、前半は、何かアンサンブルが不安定で、音が全く溶け合っていない印象だったのだ。しかし、第5楽章(星の血の喜び)での咆哮を境にバランスが次第に整い始め、第10楽章(フィナーレ)ではすべての楽器が均衡を保って、ついにメシアン特有のあの官能的な響きが完成された感があった。

 遅きに失した、などというのは避けておこう。明日は、きっと冒頭から均衡の取れた、あのメシアン・トーンが聴けるのではなかろうか。
 それにしても、こういうアコースティックのホールで「トゥーランガリラ」のような曲をやるのは、オーケストラにとってもある意味で難しいところだろうし、聴く方にとってもコツが要るだろう。このホールの響きに慣れている関西の人たちにとっては何でもないかもしれないが、残響たっぷりのホールの音に慣れたわれわれ東夷どもにとっては、非常に音がつかみにくい時があるのである。
 それゆえ、前述の印象は、もしかしたら単に自分の耳の所為かもしれない、と思わないでもないが――。

 ピアノのソロは児玉桃、オンド・マルトノは原田節というベストメンバー。
 原田のこの曲はもう専売特許のようなものだが、児玉のピアノも瑞々しくてすばらしい。ただしこれも、ピアノのフタを取り去っての演奏だったため、音が1階客席には伝わりにくく、しばしばオケのトゥッティの中に埋もれてしまう傾向もあった。もちろん、ソロの時には、全く支障はない。とはいえ、今夜は、ピアノもオンド・マルトノも、ソロ楽器というよりは、オーケストラの一つのパートとして鳴っていたように感じられたのだが、これもホールの音響のゆえだろう。

 井上は、例のごとく踊るようなジェスチュアを交えた獅子奮迅の指揮ぶり。ピアノの背後で大太鼓などが猛然とクレッシェンドする個所では、目の前のピアノの端を両手でわし掴みにしたまま腰を左右にブルブル振り続けるという凄まじい姿も見せたが、あまり派手に暴れると聴衆の気が散ること無きにしも非ず。だが彼は、オケにも、ザ・シンフォニーホールの聴衆にも、温かく迎えられていたようである。

 今夜のプログラムはこれ1曲のみだったが、充分である。8時半にはすべて終了した。

コメント

20日(二日目)を聞きました。前回〔秋山氏指揮)も聞いていますが大阪フィルは結構、現代曲に適応するオケだと思います。それが井上さんとの相乗効果を鮮明にしていました。
1階の2列目で直接音が聞こえて、オンドマルトノの音がレコード以上に聞こえていました。

残響3秒はこのホールの売りだったのですが関東はもっと響いているのですか。
新しい発見です。

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