2019-05

9・7(土)ピエタリ・インキネン指揮日本フィルハーモニー交響楽団定期
ワーグナー:「ヴァルキューレ」第1幕他

   サントリーホール  4時

 昨夜――つまり新日本フィルと同日同時刻に「ヴァルキューレ大戦」の火蓋を切ったもう一つのオーケストラが、この日本フィルである。

 ともに今日は2日目の公演。ワグネリアンたちはそれぞれの順序で両日、それぞれの会場へ足を運んだはず。中には今日、トリフォニーホールの2時からの公演を全部聴いてからサントリーホールへタクシーで駆けつけた猛者もいるらしい。
 そういう人は、こちら日本フィルの前半のプログラムを聴くのを諦めたのだろう。どちらかの開演時間がもう1時間、うまくずれていたなら、両方の公演をまるまる聴けた人も多いだろうに。

 こちら日本フィルの方は、首席客演指揮者ピエタリ・インキネンの指揮による演奏だ。前半に「ジークフリート牧歌」と、「トリスタンとイゾルデ」からの「前奏曲と愛の死」が演奏され、後半に「ヴァルキューレ」第1幕がおかれる。長さから言っても、比較的バランスの良いプログラム構成である。

 インキネンのワーグナーは、私も聴くのはこれが初めてだが、予想した通り、ぜい肉をそぎ落とした、すっきりしたワーグナーとなっていた。粘着的なところは一切無く、明晰かつ清澄な音色で、透き通った抒情美とでもいうか。昨夜のメッツマッハーが指揮した新日本フィルの音色と最も対照的なのは、そのあたりだろう。
 しかし、音楽は決して無味乾燥に陥ることなく、表情はあくまで瑞々しく、しなやかだ。総じてきりりと引き締まったシンの強さを感じさせたことも、今日の演奏の特徴の一つだろう。

 「ジークフリート牧歌」は、意外にも弦16型の大編成が採られ、明晰冷徹なシンフォニーとでもいった感の演奏になった。続く「トリスタン」でも、感傷的な思い入れも、持って回った重苦しさもないところが、いかにもインキネンらしい。しかし、いずれの演奏も精緻に組み立てられ、特に後者は白色の光を浴びた巨波のように盛り上がり、存分に鳴り切った。

 イゾルデを歌ったエディット・ハラー(日本フィルの表記はエディス・ハーラー)が頂点の個所の「Wehendem All-」(DOVER版総譜652頁)を極めて正確なテンポで歌い、管弦楽の動きと合わせてくれたので、それだけでも嬉しくなる。この人、2006年のバイロイトでグートルーネ(ガブリエーレ・フォンターナの代役で出た)を演じた時にはやや自身無げの歌いぶりだったのが、2009年に聴いた時にはもはや堂々たる役柄表現になっていた記憶がある。いい歌手になった。

 後半の「ヴァルキューレ」第1幕(字幕付き)では、もちろんそのハラーがジークリンデを歌い、マーティン・スネルがフンディングを、サイモン・オニールがジークムントを歌った。
 ハラーはよく通る澄んだ声で「ためらいつつも情熱に己を委ねる純な女性」という雰囲気のジークリンデを見事に表現し、スネルは渋い表情ながら悪役を巧くこなしていた。オニールもちょっと癖のある歌い方ながら、英雄的なジークムントを輝かしく歌ってくれた――昨夜の同役の歌手があまりにおとなしかったので、やっとヘルデン・テノール的なジークムントに巡り合い、安心した次第である。
 歌手陣3人のバランスの良さという点では、この6月以降に演奏された国内の4種の「ヴァルキューレ」第1幕の中では、最高のものだったと思う。

 なお3人は譜面なしで、演奏会形式ながらも舞台前面を動き回りつつ若干の演技を交えて歌ってくれた。ジークリンデが「剣」の在処をジークムントに目で知らせる(歌なしの)場面では、2人がそれを暗示する身振りをも行なっていたので、ストーリーにあまり詳しくない聴衆にも解り易かったのではなかろうか(ここでフンディングが妻から目を逸らしていて、彼女の動作には気がつかない、というスネルの演技も細かい)。

 さてインキネン指揮の日本フィル。この曲でも、先に述べた特徴が見事に発揮される。昨夜のメッツマッハー=新日本フィルの弦を豊麗と言うなら、こちらはやや鋭角的で透徹した音と言ったらいいか。だが、弦が叙情的な世界を繰り広げるこの第1幕の音楽では、それも極めて素晴らしい効果を発揮する。管楽器群も良かったが、特に首席オーボエの活躍を讃えたい。実に聴き応えのある演奏であった。

 ――2つのオーケストラが同日の(ほぼ)同時刻に別のホールでそれぞれこういう曲をかち合わせるという例は珍しいが、そのいずれもが勝るとも劣らぬ、兄たり難く弟たり難し、という熱演・快演だったのは、慶賀すべきことであろう。

 「ヴァルキューレ」、このあとは飯守泰次郎が第1幕を指揮する演奏会があり(16日)、沼尻竜典指揮とローウェルス演出による全曲舞台上演が横浜(14,15日)とびわ湖(21,22日)で行われる。「ヴァルキューレ大戦」も今や酣である。

コメント

日本もすごいね。二人とも、元々Eva歌っていたのに。

2010年7月 Zurich、元々エディット・ハラーがEvaだったのに。アナウンスがあって。プログラムは、ハラーのまま。カウネが出るって。(この年、バイロイト生放送は、ワルキューレ。本人は、ジークリンデでの出演。衛星TVに向けての準備に余念がなくて出られなかったのか。)ミヒャエラ・カウネが、そのバイロイトでEvaがあるのに、代わりに出演しました。

その二人とも、日本で別団体とはいえ、元Eva役が、声を熟成させて、ジークリンデ。
こんなことあまりないですね。。。

声の成長次第で、ハラーは、ブリュンヒルデ・エレクトラは歌わないかもしれないけど、叙情性も求められる力強い声の作品を歌う歌手になるのかなって。
この人、声が澄んでいるから、クンドリー、マリーいけるよ。後は、クリソテミス・皇后も歌える。意外なところでは、エリザベッタも歌えそう。。

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