2020-04

6・27(木)大野和士指揮九州交響楽団のワーグナー・プロ

   アクロス福岡シンフォニーホール  6時45分

 今年の日本での「ヴァルキューレ大戦争」――ワーグナーの「ヴァルキューレ」第1幕の演奏会形式上演が、9月末までに5種計8回公演あり、別に全曲舞台上演も計4回行われる――のトップを切って、大野和士が九州交響楽団に客演し、第1幕を上演。

 これだけでも65~70分の演奏時間である。
 これに、第1部として何を組み合わせるかは、各オケによってさまざまだが、今回大野&九響が組んだプログラムは、その中でも最重量級のものだろう――曰く、ワーグナーの「ジークフリート牧歌」、および「神々の黄昏」から「ジークフリートのラインへの旅」「ジークフリートの葬送行進曲」「ブリュンヒルデの自己犠牲」。
 これだけで(ステージ転換を含め)ほぼ70分を要したし、曲の性格からしても、これで全部終ったかのような威圧感と充足感を与える。

 大野和士が指揮するワーグナーは、これまでほとんど聴いたことがなかったけれども、実にいいテンポである。
 たとえば「葬送行進曲」での、あの「死の動機」が潮の退くようにディミヌエンドして行く感動的な個所を、速いテンポと踊るようなリズムで処理してしまう「悲劇的感性ゼロ」の指揮者も往々にいるものだが、大野はまさに作品の性格にふさわしく、重々しいテンポでゆっくりと進めて行く。といってレヴァインのように「神々の黄昏」終曲部分を遅いテンポで押し切るということもなく、これも納得の行く極めて中庸を得たテンポを保っていた。

 また「ヴァルキューレ」第1幕最後の3小節の減七の和音――これは主人公2人の行く手に待つ悲劇的な運命を予告する重要な和音だが――をスコア通りフォルテ3つの最強音で強調したことも、大野がドラマの意味を明確に把握している証明であろう。
 声楽パートとオーケストラのバランスも巧みで、さすが欧州の歌劇場で場数を踏んだ大野らしい指揮であった。

 ブリュンヒルデとジークリンデとの両役を歌ったのは、並河寿美。休憩を挟んでいるとはいえ、大変なパワーだ。あの2009年の「トゥーランドット」以来、馬力のある人だとは承知していたが・・・・。
 感服させられたのは、ブリュンヒルデをドラマティックに激しく歌ったあとに、ジークリンデを考え深く、ためらうように、微細な表情で歌い始めたこと。この2役の歌い演じ分けは、見事だった。彼女のワーグナーを聴いたのは、昨年のヴェーヌス(「タンホイザー」)とゼンタ(「さまよえるオランダ人」)以来だが、そのいずれにも増して今回のジークリンデは素晴らしかった。

 ジークムントを歌ったのは、福井敬。悲劇的な英雄を歌って見事に決めるという点では、やはりこの人が随一だろう。いつもよりやや太い声に聞こえたが、それは音域のせいかもしれない。ただ、どんなテナーもここで大見得を切る「ヴェルゼ! ヴェルゼ!」をほとんど延ばさなかったのは、彼が声をセーヴしたためか、あるいは大野の意向によるものか? 
 もう一つ注文をつければ、時に走り過ぎることか。特に「一条の閃光が射る leuchtet ein Blitz;」の「Blitz」が、弦とホルンがfpで煌めく音と完全に合わなければ、音楽の解釈に関わって来るだろう。
 また、ジークムントの感情が陶酔的なものに変わる「ヴェルゼの子、ジークムントをごらん!Siegmund, den Wälsung, siehst du Weib!」のところも、オーケストラがpに変わる前に出てしまったようだが、これも同じく、指揮者との呼吸が合っていないからだろう。どちらの責任か、などというのは私が口を出すべきところではないが。

 フンディングを歌ったのは松位浩である。この人はダルムシュタットやザールブリュッケンの歌劇場で活躍するだけあって、その風格、悪役にふさわしく凄みのあるドイツ語の迫力など、完璧な歌唱だ。

 九州交響楽団は、実に見事な力演を繰り広げてくれた。ホルンやトランペットに時たま苦しいところもなくはなく、分厚い音の個所でアンサンブルにもっと緻密さが欲しいところでもあったが、40年前から九響を聴いて来た私にとっては、このオーケストラもついにここまで来たか、という嬉しい驚きを抑えきれない。特に弦は素晴らしかった。今夜のコンサートマスターは豊嶋泰嗣。
    モーストリー・クラシック9月号 公演Reviews

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