2020-04

6・24(月)チョ・ソンジン・ピアノ・リサイタル

   浜離宮朝日ホール  7時

 話に聞くと、N響定期での彼の初日(19日)の演奏は、私が聴いた20日のそれよりもずっと生き生きしていたとか。さもありなん。
 今日のリサイタルでは、そういう彼の真骨頂が発揮された。

 プログラムは、前半にシューベルトの「ソナタ第13番イ長調作品120」とプロコフィエフの「ソナタ第2番」、後半にショパンの「ソナタ第2番」とラヴェルの「ラ・ヴァルス」。アンコールにシューベルトの「即興曲作品90―2」、リストの「超絶技巧練習曲第10番」、シューマンの「トロイメライ」。

 前出のN響とのモーツァルトの時にも、彼のピアノの音の透明な美しさに感銘を受けたが、今夜のシューベルトのソナタが開始された瞬間にも、何と清らかで詩的な、透明な軽やかさに満ちた音だろうと、この少年の感性の素晴らしさに魅惑されてしまう。

 しかし私たちは、彼が3年前のリサイタルで、シューマンをちょうどそのように演奏した直後に、ショパンの作品では現代の多くのピアニストがやるような激烈な演奏スタイルを採ったことを記憶している。
 今夜も同様、第2部の「葬送ソナタ」に入るや、昔の人が謂う「羊は俄然、虎になった」という感で、「急流岩を食み、怒涛澎湃として石を覆す」勢いの演奏になった。音色も極度に暗くなる。見事な変化だ。

 だがその中で、第2楽章の中間部や、第3楽章「葬送行進曲」およびそのトリオの抒情的な個所での、まるで虚無的と表現してもいいような、端整で落ち着いて沈潜した美しさは、実に驚異的であった。――こういう背反した2つの要素を一つの作品の演奏の中に、肉離れを起こさずに併合させてしまうとは、いったい何という凄い若者だろう? 

 その勢いで突入した「ラ・ヴァルス」は、何ともヴィルトゥオーゾ的な、猛烈な演奏で、これは既に作品のデフォルメと言ってよく、自由自在のアゴーギグとダイナミックスの変化、さらに声部のバランスも完全に変更され、ワルツのイメージすら残らない。
 これを19歳の少年の大胆不敵な挑戦と受け止めるか、それとも、若いにもかかわらず作品への畏敬を蔑ろにした姿勢と見るか。――もし彼が確固たる信念に基づいてこういうスタイルの演奏をしているなら、それはそれで結構だろう。だが、今の年齢でそれを完璧にやってしまう姿勢と才能は、このままで突っ走って行くと、何か将来、危険な陥穽に出会うのではなかろうか、という危惧も感じさせてしまうのである。

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