2020-04

6・1(土)広上淳一指揮東京交響楽団の「伊福部昭作品集」GP

   ミューザ川崎シンフォニーホール  午前11時

 本番は午後3時からだったが、あいにく日本ワーグナー協会の理事・評議員会とぶつかってしまったので、東響に頼んで本番前のゲネプロを取材させてもらった。何しろプログラムが、伊福部昭の「舞踊音楽 プロメテの火」と、「舞踊音楽 日本の太鼓 鹿踊り」という、ふだん聞く機会のないような作品だったからだ。

 「プロメテの火」は1950年に帝劇で、「日本の太鼓」は1951年に日比谷公会堂で、いずれも東京響(当時は東宝響)の演奏、上田仁の指揮で初演されたもので、その時の舞踊は江口隆哉・宮操子夫妻(いずれも故人)の手により制作されたそうである。
 今回、東京響が「現代日本音楽の夕べシリーズ」を17年ぶりに再開するにあたり、伊福部昭生誕100年(1914年)記念プレコンサートの意味を含めてこの2作を取り上げたのは、同団にとっても意義深いことと言えるだろう。
 しかも今日の「日本の太鼓」では、昨年5月に行われた宮操子三回忌メモリアル公演でのダンスの映像が、オルガン前に設置された巨大なスクリーンに投映され、広上とオーケストラはその映像に合わせて演奏するという大掛かりな方法が採られていたのである。

 本番を控えてのリハーサルだから、「プロメテ」は、全曲50分の作品のうち、要所が10分ほど演奏されるにとどまった。
 しかし「日本の太鼓」の方は、映像に合わせて全曲(約30分)が演奏された。リズムが重要な要素となるダンスの映像にピタリと合致させてナマ演奏をするくらい難しいことはなかろう。このリハーサルでも何の具合かあれこれあって、指揮者も楽員も大爆笑という結末になってしまったが、本番ではきっとうまく行ったことと思う。

 とにかく、広上淳一と東京響の演奏が見事だったので、「ゴジラ」や「交響譚詩」などとは全く異なる、重厚壮大な伊福部昭のイメージが充分に再現されていた。伊福部独特のオスティナートは、嫌いな人にとってはどうしようもないものかもしれないが、あの「繰り返しの恍惚」は、私には不思議な魅力を感じさせるものである。リハーサルではあったが、その魅力をたっぷりと味わうことができた。

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