3・19(水)旅行日記第5日
ヤング指揮・グート演出「ラインの黄金」
ハンブルク州立歌劇場
幸いに今日も天気が良い。部屋の掃除の間を利用してアルスター湖の方まで歩いてみたが、吹き荒ぶ寒風に耐え切れず、早々に逃げ帰る。私の泊まったホテルは中央駅の目の前で、オペラまではUバーン(地下鉄)で僅か2駅だから便利だ。オペラのチケットを買って最初から持っていれば、それが地下鉄の1回分の往復チケットとしても使える、というのはありがたい。
昨夜「ドン・ジョヴァンニ」を指揮したシモーネ・ヤングが、今日はワーグナーの「ラインの黄金」を振る。前夜とは打って変わった立派な演奏で、これだけ風格と厚みのある正確で緻密な「ラインの黄金」の演奏にはめったに出会ったことはない。凡庸な指揮者ならとりとめのない演奏になりかねない作品だが、ヤングは全体をがっちりとゆるぎなく構築していた。彼女の評価が高いのも尤もであろう。オーケストラの水準もきわめて高いような気がする。
今回の新演出は、クラウス・グート。バイロイトの「さまよえるオランダ人」や、ザルツブルクの「フィガロの結婚」など、このところ彼の演出にお目にかかる機会が多いが、今回のも上演前から注目を集めていたものだ。
同歌劇場では史上9つ目のプロダクションとのことで、プログラムの巻末にはこれまでの上演リストが掲載されており、指揮者にはオイゲン・ヨッフム、レオポルド・ルートヴィヒ、クリストフ・フォン・ドホナーニ、ゲルト・アルブレヒトら、演出にはオスカー・フリッツ・シュー、ギュンター・レンネルト、ゲッツ・フリードリヒ、ギュンター・クレーマーら錚々たる名前を見ることができる。
この日はプレミエ以来2回目の上演だが、「プレミエB」となっていて、まあ早い話が一般客向きプレミエとでもいうところか。
舞台の模様をかいつまんで報告しておこう。
4つの場面の間には、几帳面に幕が下ろされる。舞台転換をデモンストレーションするという手法は採らない。
冒頭はほぼト書通りのタイミングで幕が上がると、「ラインの乙女たち」が大きなベッドの上で枕をぶつけ合って遊んでいる。このベッドは半分街路にはみ出しており、そこへ道路清掃人(!)のアルベリヒが面白がって入り込んでくるという段取りだ。やがて古びた巨大な電気スタンドが黄金色に光り始めるが、実際の黄金は、星の如く輝く大きな布で表わされるようである。
第2場。天上の場面は、大きな別荘風の山小屋。部屋のテーブルの上に巨大な山と谷(つまりこのドラマの舞台)が「未知との遭遇」の場面よろしく箱庭風に作られており、これは「軟弱な神々」のドンナーとフローが作って遊んでいるらしい。ヴォータンは社長然とした男。フライアは紅茶を巨人たちにも出してやるという妙に家庭的な女性で、ファーゾルトが憧れるのも当然、という設定だ。巨人たちは背が高く、渋いイケメンぞろいである。
第3場「ニーベルハイム」は、汚い地下室。アルベリヒが大蛇や蛙に化けるケレンは、スモークと照明を効果的に使って巧く見せていた。
この第3場と、次の第4場のいずれにも「小人たち」は舞台には出てこない。フライアの姿を隠すまでに積み上げられる「宝」は、かぶった「布」に紙幣やら金券のようなものが貼り付けられることで表わされる。解放され、家族と抱き合って喜ぶフライアをファーゾルトが何ともいえぬ寂しそうな顔で見つめているのが印象的で、直後に殺されてしまうこの巨人をきわめて人間味に富む男として描いているのが面白い。
「嵐」とともに屋根は上方に消え、背景には夕焼け雲の空が出現、神々の姿がシルエットで浮かび上がる。壮大な音楽の途中から横幕がゆっくりと閉まり始める。独り舞台前面に残ったローゲが、ファーゾルトの死体から血のようなものを手に取るあたりが、今後の伏線になるのかもしれない。
といった調子で、場面設定はともかく、今日の演出としては全体にそれほど突飛というほどでもなく、捻ったところもなく、人物相関図にしてもごくまともな、ト書に従った舞台だった。この作品の場合には、ほかにいじりようもないのだろう。クラウス・グートならではの大ワザは、次の「ワルキューレ」からだろうか。
しかし、とにかく手堅く作ってある。ザルツブルクのブラウンシュヴァイクなんかのよりよほど丁寧に緻密に考えられていて、その点は好ましい。
歌手では、ヴォータンのファルク・シュトルックマンが、少し硬質ながら馬力のある声で君臨した。とはいえ、最もパワーを披露したのは、咽喉を痛めたとかで口パク演技となったローゲ役のペーター・ガリヤルトに代わり、急遽ピットの横で楽譜を見ながら歌ったクリスティアン・フランツであった。歌う位置からして声も大きく聞こえ、ローゲにしては威勢がよすぎるきらいもあったが、役の重要性からして悪いものではない。アルベリヒを歌ったヴォルフガング・コッホ、ファーゾルトのティグラン・マルティロッシアンといった人たちも優れていた。
その他の歌手たちは、私にはあまりなじみのない人ばかりだが、みんな安定していてバランスもいい。
幸いに今日も天気が良い。部屋の掃除の間を利用してアルスター湖の方まで歩いてみたが、吹き荒ぶ寒風に耐え切れず、早々に逃げ帰る。私の泊まったホテルは中央駅の目の前で、オペラまではUバーン(地下鉄)で僅か2駅だから便利だ。オペラのチケットを買って最初から持っていれば、それが地下鉄の1回分の往復チケットとしても使える、というのはありがたい。
昨夜「ドン・ジョヴァンニ」を指揮したシモーネ・ヤングが、今日はワーグナーの「ラインの黄金」を振る。前夜とは打って変わった立派な演奏で、これだけ風格と厚みのある正確で緻密な「ラインの黄金」の演奏にはめったに出会ったことはない。凡庸な指揮者ならとりとめのない演奏になりかねない作品だが、ヤングは全体をがっちりとゆるぎなく構築していた。彼女の評価が高いのも尤もであろう。オーケストラの水準もきわめて高いような気がする。
今回の新演出は、クラウス・グート。バイロイトの「さまよえるオランダ人」や、ザルツブルクの「フィガロの結婚」など、このところ彼の演出にお目にかかる機会が多いが、今回のも上演前から注目を集めていたものだ。
同歌劇場では史上9つ目のプロダクションとのことで、プログラムの巻末にはこれまでの上演リストが掲載されており、指揮者にはオイゲン・ヨッフム、レオポルド・ルートヴィヒ、クリストフ・フォン・ドホナーニ、ゲルト・アルブレヒトら、演出にはオスカー・フリッツ・シュー、ギュンター・レンネルト、ゲッツ・フリードリヒ、ギュンター・クレーマーら錚々たる名前を見ることができる。
この日はプレミエ以来2回目の上演だが、「プレミエB」となっていて、まあ早い話が一般客向きプレミエとでもいうところか。
舞台の模様をかいつまんで報告しておこう。
4つの場面の間には、几帳面に幕が下ろされる。舞台転換をデモンストレーションするという手法は採らない。
冒頭はほぼト書通りのタイミングで幕が上がると、「ラインの乙女たち」が大きなベッドの上で枕をぶつけ合って遊んでいる。このベッドは半分街路にはみ出しており、そこへ道路清掃人(!)のアルベリヒが面白がって入り込んでくるという段取りだ。やがて古びた巨大な電気スタンドが黄金色に光り始めるが、実際の黄金は、星の如く輝く大きな布で表わされるようである。
第2場。天上の場面は、大きな別荘風の山小屋。部屋のテーブルの上に巨大な山と谷(つまりこのドラマの舞台)が「未知との遭遇」の場面よろしく箱庭風に作られており、これは「軟弱な神々」のドンナーとフローが作って遊んでいるらしい。ヴォータンは社長然とした男。フライアは紅茶を巨人たちにも出してやるという妙に家庭的な女性で、ファーゾルトが憧れるのも当然、という設定だ。巨人たちは背が高く、渋いイケメンぞろいである。
第3場「ニーベルハイム」は、汚い地下室。アルベリヒが大蛇や蛙に化けるケレンは、スモークと照明を効果的に使って巧く見せていた。
この第3場と、次の第4場のいずれにも「小人たち」は舞台には出てこない。フライアの姿を隠すまでに積み上げられる「宝」は、かぶった「布」に紙幣やら金券のようなものが貼り付けられることで表わされる。解放され、家族と抱き合って喜ぶフライアをファーゾルトが何ともいえぬ寂しそうな顔で見つめているのが印象的で、直後に殺されてしまうこの巨人をきわめて人間味に富む男として描いているのが面白い。
「嵐」とともに屋根は上方に消え、背景には夕焼け雲の空が出現、神々の姿がシルエットで浮かび上がる。壮大な音楽の途中から横幕がゆっくりと閉まり始める。独り舞台前面に残ったローゲが、ファーゾルトの死体から血のようなものを手に取るあたりが、今後の伏線になるのかもしれない。
といった調子で、場面設定はともかく、今日の演出としては全体にそれほど突飛というほどでもなく、捻ったところもなく、人物相関図にしてもごくまともな、ト書に従った舞台だった。この作品の場合には、ほかにいじりようもないのだろう。クラウス・グートならではの大ワザは、次の「ワルキューレ」からだろうか。
しかし、とにかく手堅く作ってある。ザルツブルクのブラウンシュヴァイクなんかのよりよほど丁寧に緻密に考えられていて、その点は好ましい。
歌手では、ヴォータンのファルク・シュトルックマンが、少し硬質ながら馬力のある声で君臨した。とはいえ、最もパワーを披露したのは、咽喉を痛めたとかで口パク演技となったローゲ役のペーター・ガリヤルトに代わり、急遽ピットの横で楽譜を見ながら歌ったクリスティアン・フランツであった。歌う位置からして声も大きく聞こえ、ローゲにしては威勢がよすぎるきらいもあったが、役の重要性からして悪いものではない。アルベリヒを歌ったヴォルフガング・コッホ、ファーゾルトのティグラン・マルティロッシアンといった人たちも優れていた。
その他の歌手たちは、私にはあまりなじみのない人ばかりだが、みんな安定していてバランスもいい。
コメント
コメントの投稿
トラックバック
http://concertdiary.blog118.fc2.com/tb.php/164-c3fa3059
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)