2020-04

3・19(火)シルヴァン・カンブルラン指揮読売日本交響楽団 マーラー:「6番」

    サントリーホール  7時

 マーラーの第6交響曲「悲劇的」が演奏された。
 読響との相性もいっそう好調なカンブルランのことだから、ちょっと変わった「悲劇的」を聴かせてくれるかも、と思っていたが、事実これほど面白い「6番」を聴いたことは最近なかったような気がする。

 2階RC席前方で聴いたが、オーケストラの鳴りの明晰さは見事で、内声部の悉くが手に取るように聞こえるといった感があり、それゆえマーラーのこの巨大な交響的作品が、単なる怪物じみた野蛮な咆哮の連続に堕することなく、多様なモティーフが微細に組み合わされつつ驀進する知的で見通しのよい構築作品として姿を現したように感じられたのだった。
 両端楽章での行進のリズム・モティーフはあくまで明確でありながら、それが決して単調に陥らないのは、そのリズムが戻ってくるたびにティンパニの音色やデュナミークに微妙な違いが施されているというカンブルランの設計の細やかさゆえでもあろう。

 しかし、そうした精妙な構築の一方で、在京オケ随一と思われる読響のパワーを存分に発揮させ、ホールを揺るがせんばかりの豪壮な力感の大音響を引き出す。第4楽章など、もはや何もかもが物凄い勢いで押し流されて行くような、そんな恐怖感さえ生じさせる演奏であった。冷徹さと凶暴さとを二つながら兼ね備えるという至難の業を成し遂げた、これは稀有な名演と言って過言ではあるまい。

 ここには、昨年のラヴェルの「ダフニスとクロエ」などで聴かせたあの柔らかく官能的な叙情美とは全く異なるカンブルランと読響の顔が在った。見事な芸域の幅である。
 常任指揮者に就任した時の演奏会で、「私はベストを尽くすことをみなさんにお約束します」とステージ上から聴衆に語りかけたカンブルラン。彼は本当にその言葉どおりの仕事をしてくれている。

コメント

新たな悲劇

先生と同じく19日に行きました。
過去、ここまで個性的な6番を聴いたことはないです。6番は、空中分解しやすく、また単調な演奏が多いのですが、カンブルランさんは、見事に裏切ったように感じます。
私は、聴きながら、これは戯曲だなと思いました。台本があり、そこに演出が加えられ、音楽が作品を彩る。昨日の演奏では、交響曲というよりも交響詩に近いものを感じました。解釈ではなく、新たに作品化をしたかもしれません。

オケは、安定感していましたが、それ以上に団員の解釈に対する納得感があったのでしょう。団員のノリノリ、少々微笑むくらい。こういう悲劇な6番は、何度も聴いてみたい。

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