3・16(金)ドレスデン・リヒャルト・シュトラウス・ターゲ
歌劇「ダナエの愛」
ザクセン・ドレスデン州立歌劇場
ザルツブルク音楽祭との共同制作と銘打たれているように、2002年夏にザルツブルク祝祭小劇場で上演されたプロダクションと同じ舞台のはずだったが、豈図らんや、似て非なるもの。舞台装置も、人物の動きも、大幅に異なる。
舞台上方の回廊は殆ど使われず、メルキュールはロイヤルボックスに出現。
ラストシーンでは、ザルツブルク版と共通しているのは、ユピテルが山荘の一室で寝てしまうことと、窓外に山の光景が拡がっていることのみ。その光景が大きく転回し、山荘もろとも地上に落下するようなシーンや、新生を決意したダナエが独り傘をさして雨の戸外に出て行くあの印象的な光景は一切なく、ダナエが紗幕越しにミダスと見つめあう場面が挿入されるに止まっていた。演出担当のギュンター・クレーマー自ら手直ししたのだろうか?
ユピテルのヴォルフガング・ネヴェルラ、ダフネのスーザン・アンソニー、メルキュールのマルティン・ホムリッヒらが手堅い。ダナエの分身たるダンサーのアンナ・フランツィスカ・スルナという美女は、黄金色の薄ものを纏って水浴したり転げ回ったり、第3幕では30分近くも身動きせず舞台手前に座り続けていたりと、ご苦労なことである。
指揮はヨハネス・フリッチという人。ザルツブルク上演におけるファビオ・ルイジの、あの瑞々しさと生気に満ちた指揮を知る者にとっては歯痒いかぎりだが、しかしこのシュターツカペレ・ドレスデンは、誰が振ろうと素晴らしい音を出す。R・シュトラウスの音楽を演奏したら自分たち以上の存在があろうかという誇りと自負がこのオーケストラにはあふれているように感じられる。たとえ演出の面では他の歌劇場に一歩を譲ることがあっても、音楽では揺るぎない王座を占めるという自負だ。これに拮抗できるのは、ただウィーン国立歌劇場だけだろう。
ザルツブルク音楽祭との共同制作と銘打たれているように、2002年夏にザルツブルク祝祭小劇場で上演されたプロダクションと同じ舞台のはずだったが、豈図らんや、似て非なるもの。舞台装置も、人物の動きも、大幅に異なる。
舞台上方の回廊は殆ど使われず、メルキュールはロイヤルボックスに出現。
ラストシーンでは、ザルツブルク版と共通しているのは、ユピテルが山荘の一室で寝てしまうことと、窓外に山の光景が拡がっていることのみ。その光景が大きく転回し、山荘もろとも地上に落下するようなシーンや、新生を決意したダナエが独り傘をさして雨の戸外に出て行くあの印象的な光景は一切なく、ダナエが紗幕越しにミダスと見つめあう場面が挿入されるに止まっていた。演出担当のギュンター・クレーマー自ら手直ししたのだろうか?
ユピテルのヴォルフガング・ネヴェルラ、ダフネのスーザン・アンソニー、メルキュールのマルティン・ホムリッヒらが手堅い。ダナエの分身たるダンサーのアンナ・フランツィスカ・スルナという美女は、黄金色の薄ものを纏って水浴したり転げ回ったり、第3幕では30分近くも身動きせず舞台手前に座り続けていたりと、ご苦労なことである。
指揮はヨハネス・フリッチという人。ザルツブルク上演におけるファビオ・ルイジの、あの瑞々しさと生気に満ちた指揮を知る者にとっては歯痒いかぎりだが、しかしこのシュターツカペレ・ドレスデンは、誰が振ろうと素晴らしい音を出す。R・シュトラウスの音楽を演奏したら自分たち以上の存在があろうかという誇りと自負がこのオーケストラにはあふれているように感じられる。たとえ演出の面では他の歌劇場に一歩を譲ることがあっても、音楽では揺るぎない王座を占めるという自負だ。これに拮抗できるのは、ただウィーン国立歌劇場だけだろう。
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