2008-05

3・10(月)新国立劇場開場10周年記念特別公演「アイーダ」初日

   新国立劇場

 10年前の劇場オープニング・シリーズ演目の一つ、ヴェルディの「アイーダ」の再々演。フランコ・ゼッフィレッリの演出・衣装・舞台美術が看板のプロダクション。

 とにかく、これほど豪華絢爛の舞台は、今日では世界を探してもいくつ見つかるか、と言っていいほどだろう。第2幕の「凱旋の場」での観客の目を奪う装置と大群衆、第4幕大詰めで地下牢が沈んで行った後に残る寺院の美しく巨大なスケール感など、いずれも良き時代のスペクタクル・オペラを受け継ぐ貴重な舞台である。たとえどのような演出スタイルが流行する時代になろうと、この種のプロダクションは大切にしておかなければならない。

 今回の再演演出は、粟國淳が担当した。ただゼッフィレッリの演出は、本来は単なるスペクタクルにとどまるものではなく、音楽の動きと合致した非常に微細な演技が特徴なのだが、残念ながらそこまでは再現されていなかった。
 アイーダやアムネリスはある程度演技をこなしてはいたが、ラダメスの方は、演技の上では全くの大根役者である。もっとも、昔からラダメスをすばらしく歌え、しかも上手い演技ができるというテノールには、お目にかかったことがない。唯一、かのマリオ・デル・モナコ様が、顔の表情の迫力で別格的存在だったが。
 もし、この役を含めて主役歌手たち全員に演技が徹底していれば、このオペラは、巨大国家の栄華の中に翻弄される人間たちのドラマとして独自の性格を誇るに足り得るものになるだろう。何よりヴェルディの音楽がそれを如実に描き出しているからだ。

 その音楽だが、リッカルド・フリッツァの指揮が、きわめて正確でしっかりしているのはいいのだけれども、反面えらく几帳面すぎて、さっぱり燃えない。第1幕と第2幕など、これほど冷然とした「アイーダ」の演奏は聴いたことがないほどであった。ヴェルディがオーケストラであれほど見事に描いているアムネリスの怒りや嫉妬や威嚇といったものも、全く迫ってこないのである。音楽が燃えていなければ、どんな豪華な舞台も白々としたものになるという好例であろう。 
 幸いに第3幕以降は、少し活気が出てきた。
 この日の管弦楽は東京交響楽団。なお、合唱(新国立劇場合唱団)がいい線を行っている。

 歌手の中では、アイーダを歌ったノルマ・ファンティーニが、少し不安定なところはあったけれども、このヒロインの悲劇を巧く描き出していた。アムネリスのマリアンナ・タラソワは、前半は快調に飛ばしていたが、最大の聴かせどころの第4幕で何故か失速気味になったのが惜しい。
 ラダメスのマルコ・ベルティは、音程は粗いが声量は物凄く、演技と音楽を丁寧につくればもっといいラダメスになれるはず。その逆に、声量はそれほど大きくはないが、アモナズロ役の堀内康雄がさすがに巧い表現を聴かせてくれた。

 初日はグラグラしていても、だんだんと良くなっていくのが新国立劇場の昔からの癖。
 このプロダクションは、月末までに、あと5回公演される。

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