2020-07

11・8(木)ジャンルカ・カシオーリ ピアノ・リサイタル

   紀尾井ホール  7時

 ピアノの音色の綺麗さでは、この人は屈指の存在だろうと思う。澄んで、爽やかで、いかなる時にも音が濁ることはない。

 1曲目のシューベルトの「ピアノ・ソナタ第4番イ短調」が始まれば、たちまちその音に魅了されてしまう。
 だが、その美しい音色とは裏腹に、音楽のつくりは、あざといほどに個性的だ。
 このソナタが始まった時には、その画然たるつくりの演奏のため、もしやカシオーリはこの曲を古典的なイメージで描き出そうとしているのかと思ったが、――第2楽章ではまるでメトロノームの如く正確なスタッカートで、主題を時計の音のように刻んで行った。あの「歌」のラインを、頭から拒否した演奏とも言えるだろう。
 興味深い点もないではないが、こういう演奏によるシューベルトは、著しくドライで、味も素っ気もない音楽になってしまう。

 プログラムはそのあと、カシオーリ自身の作たる「3つの夜想曲」、リストの「水の上を歩く聖フランチェスコ(波の上を歩くパウラの聖フランソワ)」、アルベルト・コッラ(1968生)の「夜想曲第4番『月の虹』」、ドビュッシーの「前奏曲集第1巻」から「沈める寺」など6曲、ショパンの「夜想曲 作品15-2」と「スケルツォ第1番」と続く。

 この中では、リストが重厚壮大、まさに「波打つ」ような豪壮な演奏で見事だったが、ドビュッシーとショパンではテンポやリズムが極度に誇張された部分が多く、些か辟易させられた。
 特にドビュッシーの「前奏曲集」――以前録音したデッカ盤では、ドビュッシーのオリジナルのテンポの追求に力を入れ、作曲者が望んだとおりに「楽曲の構成を明確にし、恣意的な弾き方を拒否する」と語り、実践していたのに、それから7年たった今では、その方針も大転換してしまっているらしい。

 ショパンでも、テンポを極度に遅く採り、ひたすら自己だけの世界にのめりこむような演奏を延々と続けて行く。
 「スケルツォ第1番」における中間部のテンポもその一例だ。このため、全曲の演奏時間は何と15分に及んだ。どうかと思う。

 このカシオーリ、まだ33歳だが、このまま行くと、あのポゴレリッチみたいになるんじゃァないか、なんてことまで考えてしまった。メイン・プロが終ったところで、どうにも我慢できなくなり、アンコール(多分あったのだろう)は聞かずに失礼した。

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