2019-05

11・7(水)マウリツィオ・ポリーニ 「ポリーニ・パースペクティブ」第3日

   サントリーホール  7時

 あのポリーニがベートーヴェンの「ハンマークラヴィーア・ソナタ」を弾くというのに、客の入りが半分程度とは、そういう時代になってしまったのか・・・・今は。
 私の知人で、「今のポリーニの『ハンマークラヴィーア』は、怖くて聴きたくない。昔の彼のイメージを大切にしたいから」と言って、来なかった人がいた。その気持も、解らぬではない。

 だが、――今夜のポリーニが全身全霊を込めて弾いた「ハンマークラヴィーア・ソナタ」を聴いて、心打たれぬ人がいるだろうか? 
 この並外れて巨大なソナタを、かくも壮大な気宇を以って弾くことのできるピアニストが、果たしてこの世に何人いるだろうかとさえ思われる。

 確かに、以前の録音などで聴く、あのピンと張りつめた硬質なピアニズムは、今のポリーニからは聞けない。だがその代わり、昔にはなかったような、大きな世界の拡がりといったもの、あるいは、強靭な骨格を包み込む温かい肉のぬくもりといったものが、今夜の「ハンマークラヴィーア・ソナタ」の演奏には備わっていたのである。
 遅い第3楽章など、かつてのポリーニの演奏は、何か裸の骨格を目の当り見るようで、その乾いた叙情がどうにも私には耐えられなかったのだが、今夜の演奏はそんな既成の印象を見事に吹き飛ばしてくれた。

 もちろん、今夜の彼の演奏がソフトだったなどと言っているのではない。第1楽章冒頭などは渾身の力に溢れていたし、同楽章の終結ではそれを更に凌駕するほどの力感を聴かせていた。
 長い全曲の大詰、最後の最強奏の和音がまさにたたかれようとする瞬間の、ほんの僅かの「間」にみなぎった昂揚の緊張感の凄さ。そしてその和音が鳴り響いた時の圧倒的な完結感、充足感。こんな感覚は、滅多に体験できるものではない。

 「ハンマークラヴィーア」のことばかり書いてしまったが、その前の「第28番」のソナタも、同じような意味で、立派な演奏だった。
 そして今夜は最初に、ラッヘンマンの弦楽四重奏曲「グリド(叫び)」という20分ほどの作品が演奏されたのだが、これを弾いたジャック四重奏団という若手の団体が、メッポウ巧かった。イーストマン音楽学校で出会った仲間たちが結成、とプログラムにはある。ありとあらゆる奏法を駆使し、4つの楽器の間に多彩な音色を「旋回させ」て、空中を浮遊するようなイメージを聴き手に与えてくれる。
 俺は「ポリーニ」(だけ?)を聴きに来たんだ、というお客さんにも、これは想定外の愉しさを味わわせてくれたのではないだろうか。

 「ハンマークラヴィーア」のあとには、もちろん、アンコール曲は無し。聴衆もほとんど帰らず、後半は全員がスタンディング・オヴェーション。ホールの出口で「凄かったなァ」と嘆息している人を、2、3人見かけた。

コメント

5割の入りの理由

5割の入り、というのは、価格の高騰が大きな原因だと思います。ティーレマン・ドレスデンの時もそうですが、こういった庶民感覚とはかけ離れた金額(アーティストの人気に便乗したアコギとしか思えない商法)なら、いくらファンでも敬遠せざるを得ません。芸術はお金では評価できないこと、価値観には個人差があることは分かっていますが、これは年間100近いコンサートに行く私でさえ尻込みせざるを得ない値段です。貴殿の評は概ね納得できることが多いのですが、この辺のコスト意識が全く感じられない感想になっているのは、タダで聴けるという立場で感覚が麻痺しているからとしか思えません。

ポリーニが数年前に、29番のソナタを弾いた際、音楽雑誌にて手厳しい批評が記載されていたように記憶しています。それ以来高額な金額を支払うことに躊躇しておりましたが、今回は大変素晴らしい演奏であったことがうかがえますので、次回はポリーニの演奏会にも足を運んでみたいと思います。しかしチケットの値段は高すぎます。若い人たちには手が届かない値段設定だと思います。

翌日のジャック弦楽四重奏団

ジャック弦楽四重奏団は翌日の11月8日は広島で「HIROSHIMA HAPPY NEW EAR XIII」という現代音楽のレクチャーコンサートに参加。これは細川俊夫さんが2007年から広島で行っているレクチャーコンサート。ジャック弦楽四重奏団はシャリーノ、三浦則子、細川俊夫の曲に続いてラッヘルマン「弦楽四重奏曲第2番『精霊の舞い』」を演奏しました。この曲は30分くらいの曲ですが、あっと言う間の30分。集中力のある演奏でした。東条さんの「日記」では東京のポリーニの公演の価格の高さが話題となっていますが、この広島の公演は、(ポリーニは出ないものの)2,500円でした。

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