2017-10

9・14(金)秋山和慶指揮広島交響楽団の「トゥーランガリラ交響曲」

    広島文化交流会館  6時45分

 午後、広島に着く。
 広島交響楽団のプロ改組40周年記念定期と銘打たれた演奏会で、音楽監督・常任指揮者の秋山和慶が振った。見事な演奏であった。

 オリヴィエ・メシアンの「トゥーランガリラ交響曲」は、今回が広島初演という。もちろん、広響としてもこれが初めての「トゥーランガリラ」になる。
 弦はほぼ16型編成のため客演奏者も十数人がリストアップされており、打楽器陣にも数人の客演奏者が加わっているが、金管のトラはわずかトランペットの2人のみだ。「ウチのオケもやっとこの曲ができるようになりました」と、事務局スタッフが感銘深く語るだけのことはあるだろう。
 終演後の楽屋でマエストロ秋山に、演奏の出来について賛辞を呈したら、「3日間のリハーサルでここまで出来ちゃったんですよ」と、うれしそうに微笑んでいた。

 たしかに、これだけ弦と管がバランスを保って溶け合った響きの、流麗で、リズミカルで、柔らかい音色の「トゥーランガリラ交響曲」の演奏は、滅多に聴けまい。
 表情そのものには少なからず攻撃的な色合いも聴かれるのだが、金管の響きなどに均衡が保たれているので、全体としては優麗な演奏という印象になる。「愛の眠りの園」などでの弱音の美しさは素晴しい。

 打楽器群だけはすこぶる強烈で、大太鼓はしばしばバランスを崩すほど硬い音で怒号する。秋山はこの大太鼓のリズムにより全体にスバイスを注入しようとしているのかもしれないが、私の印象では、この大太鼓の硬い音による強打だけは、やはり異質に聞こえてしまう。――だが、「星たちの血の喜び」や「愛の展開」などでの昂揚感は見事だった。

 広島響の演奏の見事さは特筆すべきもの。秋山のまとめの巧さも流石のものがある。強いて希望を言えば、弦の響きに更なる厚みが欲しいところ。また、流麗な演奏だったがゆえに、全体の演奏に濃厚であざとい「山場」がさほど感じられなかったのも、少々物足りなかったところ。とはいえ、わざわざ聴きに来ただけの甲斐は充分にある「トゥーランガリラ交響曲」だった。
 ピアノは永野英樹、オンド・マルトノは、例のごとく原田節。

 演奏会の前半には、モーツァルトの「交響曲第33番」が演奏された。これも温かく優麗な演奏だった。ホールの空間が非常に大きいために、その柔らかい美しさが客席後方まで充分伝わって来ないうらみもあったが、この日の「トゥーランガリラ」の演奏に先立つものとしては充分であったろう。

 2階席には、学生や若い聴衆が多く来ていたらしい。先頃の札幌での札響の「トゥーランガリラ」では、終演後に若いカプルが「チョー面白かった」と言いながら帰って行ったのが印象深かったが、今回はどうだったか。また、メシアンを聴きに来た人に、柔らかいモーツァルトはどう響いたか。
 演奏会では、「硬」と「軟」、「動」と「静」、「現代」と「古典」を対比するプログラムがよく組まれるが、時には前半と後半を同じ現代音楽で構成するのも、ある好みの聴衆にとってはありがたいかもしれない。

 もっとも今夜は、「トゥーランガリラ」の演奏最中に席を立って出て行く高年齢の客をやたら多く見かけた。もちろん、2千人近くの聴衆のうちの、ほんの十数人(!)に過ぎない。
 私の斜め前にいた御仁のように、演奏中に退屈しきってのべつ身体を動かす、足を通路に投げ出して動かす、プログラムをめくる、はてはペットボトルの水を飲む、というように周囲の客の神経を苛立たせるよりは、帰っていただいた方が余程マシではあるが。

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