2017-11

9・13(木)東京二期会 ワーグナー:「パルジファル」初日

    東京文化会館大ホール  5時

 二期会創立60周年を記念する大イベント。飯守泰次郎の指揮、読売日本交響楽団の演奏、クラウス・グートの演出、バルセロナ・リセウ大劇場およびチューリヒ歌劇場との共同制作によるプロダクション。
 二期会所属歌手のみによるダブルキャストで、計4回上演の今日は初日。

 公演プログラムの解説を書くために見たチューリヒ上演の映像と、それに今回の上演とが、全く同じように仕上げられているのには驚き、感心。
 回転舞台装置(クリスティアン・シュミット)はもちろんのこと、登場人物たちすべての動きもほぼ一致している。よくここまでやったものだ。
 演技が非常に精緻で、表情も豊かで、脇役・端役にいたるまで均衡が保たれており、舞台全体にいわゆる「隙間」がないのである。これは完成度の高い舞台、といって良いであろう。

 グートの演出は、聖杯や聖槍といった具象物よりも、むしろ苦悩する人間たちの関係、しがらみ、争い、変貌、和解――などを描くところに重点が置かれているため、各登場人物の演技がすべてを左右することになる。
 またこの演出では、主役の歌が長い場合、しばしば相手役や周囲の人物が姿を消し、主人公が独りでモノローグとして歌う設定になるのも面白い。これは、そのキャラクターの苦悩に徹底的に焦点を絞ってドラマを展開させる狙いからであろう。

 グートがこの演出で行なった解釈では、聖杯守護団の王となったアムフォルタスと、異教の魔人となったクリングゾルとは、もともとはティトゥレルという王を父親に持つ兄弟の関係にある。彼らの訣別は第1幕前奏曲の中で描かれ、その和解は全曲最後の場面で実現する。
 終結直前まで主人公だったパルジファルは、最後に恐るべき独裁者の軍人に変身して、次の新しい悲劇を引き起こす者となるだろう。知と聖杯と聖槍とを手中にした新しい権力者と、それに従うグルネマンツや騎士団は、やがて回転舞台の中に消えて行く。
 残ったのは、王の地位も聖杯も聖槍も失った2人の「兄弟」である。一体、おれたちがこれまでやっていたことの意味は、何だったのか?――共通の物思いに沈む兄弟の姿は、空しく、寂しい。それがこのドラマの幕切れである。

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   写真:三枝近志  東京二期会提供
上:パルジファルとクリングゾル 中:パルジファルとクンドリ 下:魔法の花園の場

 今夜の歌手陣は、Aキャストだ。福井敬(パルジファル)、黒田博(アムフォルタス王)、泉良平(その弟クリングゾル)、小鉄和弘(老騎士グルネマンツ)、橋爪ゆか(謎の女クンドリ)、小田川哲也(老王ティトゥレル)ら、主役たちの頑張りと熱演は目覚しい。
 福井のエネルギーは抜群。特に第2幕での苦悩に満ちた歌唱は賞賛に値する。小鉄の落ち着いた重厚な歌唱も見事で、冒頭の演技にこそ少し類型的な身振りも見られたが、すぐにドラマに溶け込んでいた。黒田の暗い「病める王」もいい。
 橋爪がこれほどドラマティックな歌唱を聴かせてくれるとは、うれしい驚きだ。その成長ぶりにも感心。演技ともに深い陰翳が加われば、楽しみなプリマになるだろう。

 そして、最大の功労者は、やはり飯守泰次郎と読売日本交響楽団だ。
 飯守のパルジファルをナマで聴くのは、たしかこれが3回目か?
 テンポは遅めの方で、最初の「前奏曲」など、これはえらい長時間モノになるのではという不安感が胸をよぎったほど遅かったが、全上演時間5時間のうち、25分の休憩2回を差し引くと、演奏時間は計4時間10分前後という計算になる。これはブーレーズ(70年バイロイト)の3時間40分より遥かに長いが(あれは別だ)、レヴァイン(85年、同)の4時間28分よりは速く、またティーレマン(05年、ウィーン)の4時間03分よりは遅く、結局クナッパーツブッシュ(62年バイロイト)の4時間10分と同程度ということになる(いずれも概算)。

 それにしても、飯守のワーグナーは、相変わらず情感が豊かだ。胸の奥にまで響いてくるような、ヒューマンな温かさがある。当世のように味も素っ気もないドライなワーグナー演奏が主流の時代にあって、この「反時代的」なワーグナーは、貴重な存在と言うべきであろう。第1幕前半での寂寥感、第2幕での官能的な甘美さなど、ワーグナー最晩年の音楽の味を愛する者にとっては、いずれもこたえられない魅力だ。

 読売日響の緻密な演奏も賞賛されよう。本当は更なる量感を求めたいところだが、しかし初台で演奏するオケよりは遥かに壮大で強靭な音を響かせるし、このくらい多彩で、かつ真摯な演奏を聴かせてくれれば、わが国のワーグナー演奏としては、満足していいだろう。この飯守と読響の見事な演奏のおかげで、私は久しぶりに「パルジファル」の音楽に酔うことができた。
 
 余談ながら、二期会の「パルジファル」というと、私は45年前の、同じ二期会によって行なわれた日本初演の際の体験を愉しく思い出す。
 駆け出しの放送ディレクターだった私が、リハーサル取材のために東京文化会館を訪れると、指揮者の若杉弘さんが私をつかまえ、「開演前のチャイムを、この第1幕に出て来る鐘の音で鳴らしたいんです。クナッパーツブッシュ指揮のバイロイトのレコードから(スコアを拡げて)ここからここまでの音を取って、それを30秒間くらい繰り返すようなテープを作ってもらえませんか」と頼んできたのだ。随分と凝り性の人だと驚いた。あのレコードに入っている低い、轟くような音をホールのPAから大音響で鳴らすのでは、とてもうまく行かないだろう、と私はとっさに思った。が、私は当時から若杉氏のファンだったし、そういう凝り性も好きだったから、とにかくスタジオに戻って、その「音」を作り上げてみた。
 あの第1幕の音楽で、鐘の音が他の楽器とかぶらずに出て来る個所は、ほんの2小節足らず、時間にして5秒間程度に過ぎない。といっても、それをオープン・リールのテープに何度も繰り返しダビングして編集し、30秒ほどの長さの鐘の響きを作ること自体は、簡単なことである。
 しかし、――予想した通り、ホールの大スピーカーでそれを鳴らしてみると、なんとも得体の知れない、怪獣の唸り声のような音になった。二期会の中山悌一さんが「だめだよこんなの」と冷たく言いはなち、若杉さんは苦笑して下を向いた。テープはそれきり行方不明になったが、惜しいとも思わなかった。

コメント

初日、観ました。強引に仕事を休みにして、Zurich(2011年6月29日、新演出から2回目)と同じかどうか観に行きました。演出が面白いことを知っていたから。歌手・指揮は、Zurichでは国際的に知られた人であるけども。。。。
<<しがらみ、争い、変貌、和解>>、この和解があるから、この演出に、はまってます。
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お客さんが少ないのは、ショック。。。。。。。。。。。
<Parsifal>にある独特の固定観念をはがす良い演出なのに。。
歌手で、行く行かないを決めるのは、とても残念なことです。。。。。。。。。
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どう、考えても面白いのに。。。<<具象化>>の構図。人間関係の構図。

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時と生きていく掟に、万国共通のもの、宗教的なもの。をばっさりそぎ落としても。

孟子の言葉に、「天下をとるのならーーーーーーー、罪のない人を殺してはならない。」

アンフォルタスもクリングゾルも死なない。パルシファルは<<独裁者>>になるために誰かを殺したことになっていましたっけ。。。。。
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誰も死なない。死んだのは、悩み苦しんだTiturelだけ。Titurelは、2階建ての建屋の1Fで、毅然としつつ苦しんで、時の流れで息絶えたのであって、天下盗りに左右されたのではない。みんな、病んでいただけ。
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等身大に生き生きと描かれている演出が、日本に上陸しただけでも、秀逸です!!

私も初日を見ました。とてもよかった。キャラクターの造りが細かくて面白かった。合唱も美しかったです。二期会の宣伝では「ヒューマニズム溢れるグートの演出が、感動のラストへと誘う」とあったので、どういうことになるのかな、と思っていました。「兄弟」の和解だったのか...私はラストをしみじみと見ました。許しとか、互いに愛し合う、というのが元々のキリストの教えの根幹ですから、それを実現したラストは確かに感動的ではありますが、殺風景な部屋での老いた兄弟の淋しげな雰囲気の和解だったので、旧世代の倫理の没落とも取れますね。そしてパルジファルは神父のグルネマンツから洗礼を受け、兵隊姿になって一人前になる。これはすごいアイロニーだな、と感じました。確かに、年代的には独裁者の軍人になることが予想できます。
グートという人は階段と黙役(ダンサー)をよく使うのですね。
ところで第二幕の魔法の花園の場の赤提灯には笑ってしまいました。ジャポニズム?

まさに「ライフワーク」ですね

いけのめと申します。15日の第二回を見ました。
おっしゃるとおり、素晴らしかったです。
私も2000年の尼崎、2005年のシティフィルについで
3回目ですが、毎回素晴らしいですね。
飯守氏のまさにライフワークだと思いました。
インバルのマーラーも、16日に行ったのですが、
これまた凄い公演。25年前のサントリーホールでの名演を思い出しました。
インバルにとってのマーラーも、ライフワークなのでしょう。
こういった巨匠のライフワークが連日楽しめる音楽環境は
本当にありがたいです。
インバルにはもっと日本で活躍して欲しかったのですが、
2014年で退任とは、寂しいですね。
今回が最後のマーラーチクルスになるのでしょう。
その分まで、飯守氏のワーグナーには、今後も期待しています。

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