2019-05

7・11(水)ミュンヘン・オペラ・フェスティヴァル ワーグナー:「ヴァルキューレ」

     バイエルン州立歌劇場  5時

 まず何よりも、主役陣の充実の歌唱を愉しんだ。
 あのクラウス・フローリアン・フォークトが、爽やかで純な青年像のジークムントを熱唱した。
 アニヤ・カンペも若々しくジークリンデを歌い演じ、特に第3幕では見事な情熱の高まりを聴かせてくれた。
 イレーネ・テオリンのブリュンヒルデと来たら、これはもう清涼明晰そのもの、第2幕冒頭の「ヴァルキューレの叫び」をあれほど爽やかに正確に、充分な力を以って歌えるソプラノは決して多くないだろう。メイクも今日はすこぶる可愛い。

 フリッカは前日同様ソフィー・コッホで、女傑でも猛妻でも冷妻でもない、要するに「ラインの黄金」での姿をそのまま引き継いだような女神ぶりが好い。
 フンディングのアイン・アンガーは阿部寛そっくり、粗暴な若い戦士といった表現だ。そして、今夜のヴォータンはトーマス・J・マイヤー。やや渋くて地味だが、手堅く安定した歌いぶりと演技で主神像を受け持っていた。

 ケント・ナガノの指揮は、今夜もやっぱりテンポが遅い。
 第1幕70分は、演奏時間としては極端に長いものではないが、沈潜した叙情的な個所になると誇張されたテンポになるために、感覚的には全体に遅く聞こえてしまう。そして、第2幕97分、第3幕75分は、どうみても遅いだろう。
 遅いなら遅いでいいのだが、緊迫感が必ずしも充分とは言えぬところに(いくら好きな曲でも!)苛立たしさが時に生じる所以である。

 だがオーケストラの響きは、4列目で聴いている限りではこの上なく美しく、弱音のふくよかさ、弦や木管のあふれんばかりのふくらみ、金管群の豊麗さなどに浸ることができる。
 第1幕大詰め近く、「ヴェルズングの子、ジークムントをごらん!」での木管群の陶酔的な響き、あるいは「ヴォータンの告別」での弦楽器群の夢のような拡がりなど、例を挙げればきりがない。「魔の炎の音楽」の木管の動きも、ワーグナーが本来意図した幻想的な音色はこのようなものだったのではないかと思わせるほどだ。
 ただ繰り返すが、これはこの席の位置で聴いてのこと。1階客席後方で聴いたらどのような音になるかは、分らない。

 ダンスは、第3幕冒頭のシーンで、初めて本格的なものが取り入れられた。
 演奏開始前、20以上の死体(人形)が引っかかっている柱が林立する中に、十数人の女性ダンサーたちが足を踏み鳴らし、髪を振り乱し、かけ声も交え、猛烈にリズミカルで激しいダンスを、音楽なしのまま繰り広げる。
 これは実に4~5分の長さに及ぶもので、その迫力に客席から拍手が起こったが、同時に「もういい加減にせい」と言わんばかりの大きなブーイングや野次、それを制止する叱声まで飛び始め、場内は一時騒然となった。拍手も、「もう結構だ」という意味だったのかもしれない。長すぎてくどいことは確かだったが、「歌手陣では出せない」女戦士たちのイメージを表わすアイディアとしては悪くないダンスだろうと思う。

 それよりも、やっと始まった「ヴァルキューレの騎行」の音楽の最中、歌手の戦士たちが、歌いながら長い手綱のようなものを盛んに床に叩きつけるその音のうるささたるや、音楽を妨害すること甚だしく、そちらの方に余程辟易させられた――ヴァルキューレたちの歌が上手ければまだよかったのかもしれないが。

 この他にも、第1幕のフンディングの家の場面で、十数人の若い女性たちが終始舞台上にいて、いちいちジークムントとジークリンデの「意思を代行し」て見せたり、背景で死体処理が行なわれていたり、第2幕第1場ではグラスを捧げた大勢のウェイターたちがヴォータンとフリッカにかしづき、時には「人間椅子」の役割を務めたりするなど、たいしてやらなくてもいいような余計な人海戦術を展開するのが、このクリーゲンブルク演出の「指環」の特徴のようである。
 その是非は、観る方の好みにもよるだろう。

 私も、第1幕序奏のさなか、荒野でジークムントと敵軍との大立ち回りが行なわれ、それを何とか撃退した彼が疲労困憊してフンディングの家に辿り着くという場面でドラマが開始される手法などは、物語の伏線から言っても悪くないと思う(前述の「死体」はその戦死者だろう)。
 ともあれ、前日の「ラインの黄金」冒頭で現出された「肉風呂」ならぬ「肉大河」に象徴された如く、この演出では歌手たちとは別に「人間の肉体」を最大限に活用し、何か一種の「人間的なもの」を強調しようと試みているのかもしれない。まあ、それに自分が共感できるかどうかは、「指環」全部を見終わったあとの話だ。

 全曲大詰めの「魔の炎」の場面では、中央の台の上に横たわったブリュンヒルデを、十数人のダンサーたち――彼女らがヴァルキューレたちの分身、もしくはその深層心理を具現する存在であったことが意味を持つだろう――が、長い蛇かガス管のようなものを捧げて取り囲み、そこから猛烈な炎を噴出させる(みなさん熱いでしょうねえ)。
 この炎がやがて舞台3方の壁面にシルエットのように反映し、ヴォータンの姿もシルエットとなって浮かび上がって行く光景は、なかなかよかった。

 各35分、45分の休憩を挟み、演奏終了は10時38分(予告では10時15分)。
 最後のカーテンコールには、アンガーとコッホを除く人々が現われていたが、とりわけ圧倒的な拍手と歓声を享けたのは、クラウス・フローリアン・フォークト。次いでアニヤ・カンペ、イレーネ・テオリン、ケント・ナガノ、という感じだったろうか。

コメント

なかなか面白そうな演出ですね。
ところでこの上演は映像収録とか録音はされないのでしょうか?
フォークトのファンなのでワルキューレはCDだけでも出して欲しいんですが。

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