2017-11

6・10(日)飯守泰次郎指揮東京アカデミッシェカペレ
ワーグナー:「さまよえるオランダ人」演奏会形式上演

  トリフォニーホール  1時30分

 飯守泰次郎が「さまよえるオランダ人」を日本で指揮するのは、意外にもこれが最初。
 それだけにこの公演は、「飯守のワーグナー」愛好者には、聴き逃せないものだったことだろう。

 「東京アカデミッシェカペレ」はアマチュア・オーケストラだが、飯守がそこから引き出した音は紛れもなくワーグナーのそれであり、飯守がかつて音楽助手を務めていた「良き時代のバイロイト」の潮流を引き継いでいるはずの響きである。
 彼のワーグナーは、殺伐としたところが全くなく、力感優先でもなく、全ての音符にヒューマンな温かい情感をこめた演奏であるところに、最大の特徴があるだろう。重厚で陰翳の濃い音でありながらも、混濁したところは些かもなく、しかもふくよかな響きを持っている。

 今回の演奏で最も讃えられるべきは、「総譜の全ての頁から海風が吹きつけてくる」と評される「海の雰囲気」を、しなやかに波打つ弦の響きを以って見事に再現させた指揮という点にあろう。アマ・オケの東京アカデミッシェカペレが、よくそれに応えたものだと思う。
 しかもこれは、「3幕切れ目なし」版による、ノーカット演奏だったのである。

 ソロ歌手陣は、大沼徹(オランダ人)、小鉄和広(ダーラント)、並河寿美(ゼンタ)、片寄純也(エリック)、小川明子(マリー)、高野二郎(舵手)という顔ぶれ。
 この中で最も光ったのは、若々しく張りのある声で、「いつかは訪れる救済を信じつつ毅然として生きる青年船長」とでもいったイメージのオランダ人を歌った大沼徹であった。
 この役を歌ったのは初めてということだが、素晴らしく良い。この歌唱力に、苦悩や、陰翳のある表情といったものが更に加われば、理想的な「オランダ人」になることだろう。

 このところ快調な活躍を続ける並河寿美も、持ち前の馬力で、ドラマティックなゼンタを歌った。レガートの高音域に出がちなある種の癖さえ解決できれば、という気もするが、叙情的な個所での美しさを含め、声の輝かしさは魅力だ。

 ダーラント役の小鉄和広は、やや崩し気味ではあったものの、「滋味あふれる好人物」的なノルウェー船長を巧く演じていた。
 エリックの片寄純也も大熱演だったが、もう少しリズムとテンポを正確に歌ってくれたらと思う。
 舵手の高野二郎は、終始オーケストラの後方、合唱団の前での立ち位置ながら、極めて明快な歌唱で、特に第3幕では合唱団のリーダー的な役割をも演じて演奏を引き締めていた。

 好演した東京アカデミッシェカペレは、オーケストラと合唱団が一組となっている団体だ。従って定期公演(年2回)のプログラムには、必ず声楽曲が含まれ、もしくはそれが中心となる。

 1989年に、ある目的で押さえておいたウィーンのムジークフェラインで演奏するために、以前組織しかけた合唱団を再編、だが合唱団だけではもったいないからついでにオーケストラを作って一緒に行かせちまえ――という具合に、「先に合唱団、あとからオーケストラ」が出来たと聞く。
 しかもその創設時、最初に「英雄の生涯」をやろうと言っているのに、リハーサルに集まったのがたったの17人。そこで旅行会社勤務の荒井宣之・東京アカデミッシェカペレ代表責任者が、「ヨーロッパに行けるよ、安くしとくよ」という釣りでメンバーを集めて行ったとか。

 この話は、私が90年代半ばに「音楽の友」の「全国アマチュア・オーケストラ訪問」シリーズの記事を書いていた時に聞いたものだが、実は私もこのオケと合唱の演奏を聴くのは、それ以来のことなのである。
 それにしても、驚異的に素晴らしい演奏だった。
 序曲冒頭は異様に力みかえった感だったが、少し落ち着いてからは、飯守ワールドを反映した快演を繰り広げてくれた。アンサンブルのみならず、その上に、更にそれを包み込むべき溶け合った響きと余情――に不足するのは、プロのオケではないから仕方がないが、それもいつの間にか気にならなくなるほどの演奏であった。

 合唱も、力があり、しかも情熱的な表情にあふれて好ましい。快演である。
 ただし第3幕での、ノルウェー船の水夫と幽霊船の水夫の合唱の対比の個所は、よくあることだが、やはりゴチャゴチャした感じになってしまった。
 もしや合唱団がこの二つを分けて歌ったのか? それは「偉業」ではあるものの、苦しいだろう――とその時は思ったのだが、あとから聞いたところでは、「幽霊船」の方は、やっぱり最近流行の「録音出し」だったとのこと。本当にここは、どうやっても、難しい個所だ。
 もう一つ、合唱団の出入りが音楽の進行に間に合わず、第2幕の最初で女声合唱団員たちが「糸紡ぎの合唱」を歌いながら慌てて舞台に駆け込んで来るというのは、なんともはや、段取りが悪い。しかしこの光景は、実に可笑しかった。
(後記 註)この段落部分は、「幽霊船の合唱」が「録音出し」だったと聞いて、代表に確認してから後日書き替えました。失礼しました。

 聞けばこの本番の前、オケと合唱は、朝10時からほぼ全曲を通してゲネプロをやり、しかも前夜に全曲通しのリハをやって――つまり「24時間内に、切れ目なしの2時間半のオペラを3回演奏」したのだそうな。その意気や善し。

コメント

管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

http://concertdiary.blog118.fc2.com/tb.php/1411-6915361c
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

«  | HOME |  »

Since
September 13, 2007

これまでの来訪者数

最近の記事

カテゴリー

全記事表示

全ての記事を表示する

RSSフィード

ブログ内検索

プロフィール

リンク

News   

雑誌 モーストリー・クラシック に連載中
「東条碩夫の音楽巡礼記」