2017-10

5・15(火)下野竜也指揮読売日本交響楽団のライマン&シューマン

   サントリーホール  7時

 シューマンの「ヴァイオリン協奏曲」と「交響曲第2番」を核とするプログラムだが、その前に演奏されたのが、ドイツの作曲家アリベルト・ライマン(1936~)の「管弦楽のための7つの断章~ロベルト・シューマンを追悼して」という作品。

 この曲には、シューマンの遺作「天使の主題による変奏曲」と「ヴァイオリン協奏曲」第2楽章とに共通して現われる主題の一部が引用されているので、この日のプログラムは統一されたコンセプトを持つことになる。
 しかも下野竜也と読売日響は、今秋と来秋の日生劇場の特別公演で、ライマンのオペラ「メデア」と「リア」をそれぞれ日本初演することになっているため、その予告編を兼ねての――という意味にもなるわけだろう。いつもながら下野のプログラミングは、凝ったものである。

 そのライマンの「断章」は、15分程度の作品。シューマンのモティーフは冒頭から微かに姿を見せ、中程では明確な形を取って登場するが、作品全体ではやはり暗く重々しい、強面な響きが支配的で、その歯応えの強さが形容しがたい魅力を呼ぶ(秋に聴けるオペラは、さぞ強烈だろう)。

 シューマンの2曲では、弦楽器群を柔らかくたっぷりと量感豊かに響かせた演奏が特徴的だった。読響の弦の良さが際立つ。
 「ヴァイオリン協奏曲」では、シューマンがこの曲で見せる不思議に白々とした叙情感が、ロマン的な柔らかい色合いのオーケストラと、若き三浦文彰の引き締まった瑞々しいソロとによって描き出され、美しい演奏となっていた。

 「第2交響曲」の方では、第1楽章コーダや第2楽章での、下野の巧みなテンポの煽りが、とりわけ強く印象に残る。
 特に第2楽章は、昔シノーポリが精神病理学とかいう観点から「苛立たしく痙攣的な」凄まじいアッチェルランドを行なった演奏と、バーンスタインが感情の激するままに加速して行った疾風の如き演奏とが、今でも私の頭の中にこびりついて離れないのだが、今日の下野の指揮にも、なりふり構わず突き進むという情熱的なものが感じられて、私には大いに好ましかった。この楽章の演奏には、やはりこういう忘我的な要素があってしかるべきなのである。

 なお三浦文彰は、コンチェルトのあとで、パガニーニの「パイシェッロの《わが心もはやうつろになりて》による変奏曲」を猛烈な勢いを以って弾きまくり、弾き切った。その鮮やかさに、客席からはどよめきが起こる。
 彼は未だ20歳そこそこ(16歳でハノーファー国際コンクール史上最年少優勝)。傍若無人なほどのエネルギーがよく似合う精鋭だ。

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