2017-10

3・25(日)ワーグナー:「タンホイザー」

   神奈川県民ホール  2時

 昨日とは別キャスト――つまり3月10日のびわ湖ホール上演と同一のキャスト(オーケストラだけは昨日と同様、こちら地元の神奈川フィル)で、福井敬、安藤赴美子、黒田博、小山由美、妻屋秀和らが主役陣の組。

 今日は、福井と黒田の眼の演技を含めた細かい舞台表現が素晴らしい。
 特に黒田博のヴォルフラムは、第2幕の「歌合戦の場」で、親友タンホイザーの常軌を逸した言動に困惑顰蹙する表情を実に細かく見事に表現し、この役を吟遊詩人たちのリーダーにふさわしいものとしていた。このように、「歌っていない時」の演技が精緻に行なわれていれば、それだけで舞台全体がぴりりと引き締まるものである。

 一方、妻屋のヘルマン役も、タンホイザーへの怒りをほとんど罵倒に近い身振りであからさまに表現するあたり、すこぶる迫力がある。
 この組の歌手たちは概して演技も細密で、むやみに手を前方に差し延べることも少なく、タンホイザーの言動にいきり立つ表情なども細かく描き出していたことは好ましい。

 安藤赴美子は、演技の面でこそ昨日の佐々木典子に及ばぬとはいえ、清純清澄な声の伸びは最大の魅力で、びわ湖ホール公演を更に上回る出来であったろう。新時代のプリマの登場を喜びたい。
 他にヴァルター役の松浦健の、第1幕フィナーレの重唱個所での声の伸びが印象に残り、また牧童役の森季子も、昨日の組の福永修子とともに愛らしいキャラクターで成功していた。

 嬉しい驚きは、神奈川フィルの健闘である。
 緻密な響きと音色は、昨日の公演をさらに上回っていた。この日の演奏の水準は、東京の某オペラのオーケストラの水準をさえ凌ぐだろう。
 メリハリに不足するとか、全曲最後の和音のそのまた最後の4分音符での木管の一部が締まらなかったとか、細かいところを論えばきりがない。しかしとにかく、深刻な経済的窮状に陥っている神奈川フィルがオペラでこのような優れた演奏を行ない、存在をアピールできたのは、有意義なことに違いないのである。

 だが、それより何より、指揮の沼尻竜典が、よくぞここまでオーケストラをまとめたものだと感心する。
 びわ湖での京都市響、横浜での神奈川フィル、いずれも予想を遥かに超える快演が聴けたのは、やはり彼の力量によるものであろう。
 なまじ新国立劇場で手を抜いた惨憺たる指揮をする外来指揮者連よりも、ずっと真摯に充実した音楽をつくる指揮者が身近に活動しているのだということを、オペラ・ファンも批評界も、もっと意識すべきではなかろうか?

 最後に、超トラディショナルなミヒャエル・ハンペの演出と、シュナイダー=ジームッセンの舞台装置。
 当節の流行を知るオペラのすれっからしのファンから見れば、照れ臭くなってモジモジするような舞台だが、何度か観ているうちに、何となく、これも悪くないなと思うようになる。何より、余計なことに気を散らされずに、音楽そのものを聴いていられる。
 大詰めのシーンは、緑の葉の生えた杖をヴォルフラムが高く掲げ、群集がその周囲に膝まづくという大団円的光景だが、むしろこういう単純な舞台の方が、ワーグナーがここで「巡礼の合唱」を雄渾壮大に再現させて泣かせようとした音楽的効果――この種の「もって行き方」がワーグナーは実に巧い――を、観客もストレートに味わえて、率直に感動しやすいのでは。
 まあ、とにかく、いろいろな舞台があることは、好いことだ。
 

コメント

最近はまともな演出が少なくオペラ公演の情報チェックもいい加減となっていましたが、東条氏の3月10日の日記を拝見して急遽チケットを購入したこの公演、おっしゃるとおり素晴らしく立派な内容でした。この公演のような正統的な演出でこそ、安心して素晴らしい演奏に身を委ねることができるというものです(巷にあふれる読み替えしかできない演出家がオペラ界から一掃される日がいつか必ず来ると信じています)。ただ、最後の杖の若葉はいかにも作り物といったキンキラ物でなく、500円の観葉植物でもいいから本物を使ってほしかったです。最後の最後でこれだけはがっかり。
いつも値段の割りに中身のないオペラのプログラム、今日は購入しないでおこうと思ったら、分かりやすい詳細な東条氏の解説をはじめ読み応えのある論文ぎっしり48ページ広告なし(48ページ目は次回予告)のものを無料でいただきました。私は持参したので購入しませんでしたがロビーでの飲み物もアイスコーヒーが200円などと良心的だと感心したり、(これは公演とは関係ありませんが)昼食用のおにぎりやみやげに買ったシュークリームが本日は100円均一で、年金生活者にはお得感一杯のうれしい一日でした。これもみな東条氏のおかげです。ありがとうございました。

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