2019-05

1・31(木)ゲルギエフ指揮マリインスキー・オペラ
ロッシーニ「ランスへの旅」 

  東京文化会館

 フランス国王シャルル10世の戴冠式をランスへ見に行くはずのツァーが、馬車の馬の都合がつかずキャンセルとなったため、パリで行なわれる大祝典行事の見物で穴埋めすることになるという、ただそれだけの筋書き。

 スペクタクルな場面など全くないし、TVのサスペンス・ドラマなんかと違って、そこで殺人事件が起こるわけでもない。考えようによっては、これほど舞台に乗せるのが難しいオペラもないだろう。結局、舞台に華やかな趣向を施し、歌手たちに妍を競わせるのがいちばん効果的ということになる。
 これまで日本で観たものでは、1989年のウィーン国立歌劇場来日公演でアバドが指揮、ライモンディやガスディアが歌い、舞台奥のビデオ・プロジェクターが「戴冠式の生中継」を刻々と映し出す趣向のロンコーニの演出による上演がすばらしかった。また2006年10月、藤原歌劇団がエミリオ・サージ演出で制作した上演も、舞台装置は簡素ながら、ゼッダの指揮、高橋薫子や佐藤美枝子(Aキャスト)がいい歌唱を聴かせて、なかなかに楽しいものだった。

 そして今回のマリインスキーのプロダクション。これはシャトレ座との共同制作で、DVDもすでに出ている。
 演出のアラン・マラトラは、先日の「三つのオレンジへの恋」と同じように、シンプルかつカラフルな舞台を作った。オーケストラの楽員には白い宮廷風の衣装を着せてステージ奥に配置し、歌手たちを舞台前面や張り出し花道、客席の各所などですこぶる賑やかに演技させる。観客はあちこちに忙しく目を動かすので、退屈するヒマはとりあえずないだろう。コミカルな舞台構成で、いっとき愉しむには絶好の演出ではある。ただし人間模様の描き方は非常に刹那的なものであり、それぞれのキャラクターの背景に思いを致させたり、ペーソスを感じさせたりするたぐいのものではない。ロッシーニのオペラにそんなものは不要なのだ、という意見もあろうが、そうばかりとも言えまい。

 ゲルギエフは、スポット・ライトと拍手を浴びつつ客席通路から登場し、帽子をかぶったまま舞台奥で指揮をする(帽子姿を後ろから見ると、なんだか阿部寛に似ている)。やや重いロッシーニだが、これはゲルギエフの個性だから、広い世界にはそういうスタイルもあると受け取って聴くしかあるまい。芝居に参加する楽員の中では、女性フルート奏者が結構な役者ぶりだった。日本人奏者であのような趣向の芝居をできる奏者がいるかしら?

 歌手たちは、このプロダクションでもみんな若い。リーベンスコフ伯爵役のダニール・シトーダが風邪でも引いたのか不調だったのは残念だが、その他はみんな頑張っていた。若手ばかりなので、勢いはいいが、味には少々不足する。いわゆる知名度のあるスター歌手が一人か二人いれば、また随分印象も違っただろう。
 とは思うのだが、最近の情勢では、いかにゲルギエフといえど、なかなか思うように行かぬらしい。マリインスキー出身の歌手たちも世界的なスターともなれば、みんなコロンビア・アーティスツのような大手エージェントと契約してしまう。育ての親たるゲルギエフから誘われた彼らが、そのツァーに参加することに同意しても、「強欲な」大手エージェントが割って入り、ギャランティやスケジュールについて遠慮のない要求を出すのだという話を聞いたことがある。どのくらい本当で、どのくらい誇張だかは知らない。が、せっかくいい歌手を育て上げても、ワールドワイドな場に送り出したのが仇となって、彼らを使うこともままならなくなるとは、ゲルギエフもマリインスキーも気の毒なものである。
 先年、ネトレプコがオーストリア国籍を取得しようとした時に、マリインスキー劇場の歌手やスタッフの一部、それにロシアのマスコミの一部から猛烈にバッシングされた事件があったが、前述のような問題と絡めて考えれば、地元の心情もわからぬではない。
 もっとも、それゆえマリインスキーとしては、あとに続く新しい若手を育てることに躍起となる。それがあのように、ひきも切らないほどの豊穣な歌手軍団を生み出す原動力にもなっているわけだから、災い転じて福となす、の好例ともいうべきであろうか。

 「ランスへの旅」は、今回の来日演目の中では唯一のイタリア喜劇もの。マリインスキーも幅広いレパートリーと意欲的な企画を持っているのだということを、ゲルギエフは是非とも示したかったのだろう。出来栄えは必ずしも十全とはいえぬかもしれないが、とにかく全員がひたむきに、一所懸命にやっていることを良しとしたい。
 

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