2018-12

2007・8・31(土) サイトウ・キネン・フェスティバル
チャイコフスキー:「スペードの女王」

       まつもと市民芸術館  6時

 小澤征爾の指揮。彼がこのサイトウ・キネン・フェスティバル(SKF)でとりあげた舞台作品はこれで10本(「火刑台上のジャンヌ・ダルク」を含め、「グレの歌」と「エリヤ」は含めない)を数えるが、そのうち19世紀のオペラは「ファウストの劫罰」「ファルスタッフ」に次いで3作目になる。

 チャイコフスキーの作品は、小澤には相性のいい存在だ。
 彼はこれまで、「エフゲニー・オネーギン」を、ロイヤル・オペラで74年に、スカラ座で86年に、ウィーン国立歌劇場で88年に、METで92年に指揮している。また「スペードの女王」は、民音オペラで89年に、スカラ座で90年に、ボストン響演奏会形式で91年に、ウィーン国立歌劇場で92年と99年に、それぞれ指揮していた。そしてウィーンの残りの2シーズンにもこの2作品を取り上げ、来年の「東京のオペラの森」でも「オネーギン」を指揮することになっている。

 取り上げる頻度から言えば、他の作品と比較して非常に多いというほどではないが、比較的多い方に属するだろう。しかもそれらが成功を収めてきたのだから、やはり小澤の最も得意とするレパートリーということになろう。
 彼が掛け値のない成功を収めるオペラのテリトリーは、そのほか、フランスと東欧などの作品である。特に近現代の作品なら、一層の強みを発揮する。思えば、サイトウ・キネン・フェスティバルでは彼はこれらのレパートリーで成功を収めてきたのだった。

 こういった作品を指揮している時の小澤征爾は、ウィーンの古典派オペラやドイツのロマン派オペラの時のような堅苦しさから解放され、実にのびのびと音楽を創っているように感じられるのである。
 チャイコフスキーのこのオペラでも、いわゆるロシア的な香りといったものはないが、それを補って余りある音楽的な充実が聴かれるのではなかろうか。第1幕序奏での劇的なアタック、子供たちのマーチの前後の個所での自然なテンポの扱い、第1幕最後の嵐とゲルマンのモノローグでの盛り上がりなど、久しぶりに生き生きとした小澤の音楽を聴いた思いであった。

 ただ、第2幕以降、音楽のヴォルテージが少し下がったように感じられたのは気のせいか。小澤はこの日、非常に体調が悪かったそうだが。

 今回は、合唱(東京オペラシンガーズ)の素晴らしさを第一に挙げなければならない。
 第2幕第1場の舞踏会の場面では、圧倒的な力強さを発揮していた。特に女声の充実が目覚ましい。同第2場の夜の伯爵夫人の部屋における侍女たちの合唱など、このオペラの上演でこれだけの厚みと力と表情のある、しかも整然たる女声合唱は、かつて聴いたことがないほどである。
 一方、男声合唱も、第3幕第3場の賭博場では力を発揮した(演技がもう少し巧ければ文句ないのだが)。
 かつて小澤は、この合唱団の実力に惚れ込み、「ファウストの劫罰」を同音楽祭で取り上げたほどだった。その力量は、今も変わらず見事である。

 歌手では何といっても、3枚のカードの秘密に魅入られた若い士官ゲルマンを歌い演じたウラジーミル・ガルージンがすばらしい。そのやや暗めの色調をもつ声は、この役を歌って最右翼の存在であろう。以前のマリインスキー劇場来日公演におけるゲルマンの時に比べてさえ、声に陰影を増した。演技の上でも、思い詰めた表情に凄味と迫力がある。

 同等にすばらしかったのは、伯爵夫人役のラリッサ・ジャジコーワ(西欧式発音表記ならディアドコーヴァ)で、声楽表現といい演技といい、いかにも気位の高い権柄づくの老夫人にふさわしい。周囲の人間を横柄に睨みつける恐い表情など、さすがの貫禄である。この人は本当に何をやっても巧いが、特にこういう「怖い役」は天下一品だ。
 リーザを歌ったオリガ・グリャコーワは美女で、声もいい。演技と歌唱にはまだ不器用なところもあるけれど、新世代のスターにふさわしい力量を備えたソプラノであることは間違いなかろう。

 新味が全く感じられなかったのは、予想されたとおり、演出だ。
 今回のプロダクションはメトロポリタン・オペラ(MET)のもので、イライジャ・モシンスキーの原演出、マーク・トンプソンの装置と衣装による舞台だが、音楽祭の公式プログラムには、演出担当としてデイヴィッド・ニースの名が最初にクレジットされている。つまり、彼が再構築したということなのだろうが、それならそれで、もう少し彼なりに工夫して新鮮味を出してもらいたいものである。

 いずれにせよこの演出は、ごく無難な、単なる交通整理的なものにとどまっており、ドラマとしての緊迫感にも悲劇性にも不足している。しかも、伯爵夫人の亡霊が地下から床板をバリバリと破って現われ、ベッドに寝ているゲルマンに襲いかかる場面は、METの舞台でもおそろしく趣味の悪い個所だったが、これもニースはそのまま再現してしまっていた。
 「生前」には威厳に満ちていた老伯爵夫人が、亡霊となってからは妙に軽く安っぽい存在と化してしまい、ドラマそのものも安手のオカルト趣味におとしめられてしまうのは、まさにこの場面の演出のゆえである。

 また第3幕で、真夜中に、しかも運河の岸辺にゲルマンを呼び出した当のリーザが、パジャマ同様の薄着にケープを羽織った姿のままでいるのは筋が通るまい。
 以前、マリア・グレギーナが演出家にクレームをつけたというのは、もしかしたらMETのこの演出に対してではなかったかと思う。彼女曰く、リーザがこんな時間に自分から男を呼び出すのなら必死の覚悟があるはずであり、それならパジャマ姿などもってのほか、旅行服に身を固め、旅行鞄の一つも持っているのがふつうだろうが、というわけだ。

 さらに、賭博場へ向おうとするゲルマンと、それを押し止めるリーザとの争いも、ドラマの大転換の瞬間にふさわしく、もっと迫真に富んだものであってもよかったろう(何年か前に白夜祭で観たガルージンとゴルチャコーワの凄まじい演技が今でも忘れられない)。

 ともあれ、小澤がなぜこのようにニースを偏重し、さかんに起用するのか、理解に苦しむところではある。ニースの悪口ばかり並べているようで申し訳ないけれども、彼が日本で制作したたくさんの舞台の中で、これはと思ったものは、せいぜい93年の「ファルスタッフ」と、96年の「ティレジアスの乳房」くらい、それもまあまあの出来、といった程度なので。
(音楽祭プログラムのプロフィール紹介欄には、ニースは「メットの首席演出家」と記載されているが、正しくは「エクゼクティヴ・ステージ・ディレクター=舞台監督」である)。
 
 結論としてこの「スペードの女王」は、プロダクション全体の総合的な出来としては、これまでこの音楽祭で取り上げられた作品の中では「イェヌーファ」(02年)「エディプス王」(92年)「ヴォツェック」(04年)に一歩を譲るが、「道楽者のなりゆき」「カルメル会修道女の対話」と並ぶものといえようか。
 音楽の面についてのみ言えば、これは「イェヌーファ」「エディプス王」「ファウストの劫罰」に並ぶ水準であり、小澤の良さが存分に発揮されたものであることは疑いない。
「グランド・オペラ」2007Autumn

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