2020-04

1・28(土)沼尻竜典指揮群馬交響楽団のマーラー「3番」

    群馬音楽センター(高崎)  6時45分

 例の如く潤いのない、ドライなアコースティックのホールのために、冒頭のホルンの強奏からして裸の響きになってしまう。
 もしここが響きのいいホールであったなら、群響も、それを支える熱心な満席のお客さんたちも、どれだけ幸せであろうかと、――ホールは楽器の一部であるとよく言われるだけに、このホールへ聴きに来るたびに、慨嘆せずにはいられない。

 しかし、今日のマーラーの「第3交響曲」の演奏には、そういうホールの欠点を時に忘れさせるだけのものがあった。
 長大な第1楽章では、沼尻のリズムの歯切れ良さもあって、たたみかけるような緊迫感があふれる。マーラーのあの行進曲調の楽想が弾み、愉しい歌謡的なリズムが存分に躍動して、稀にしか聞けないほどの活気とエネルギーが演奏に漲った。

 ホールの残響がほとんど無いので、そのぶん内声部の動きが手に取るように聞こえ、沼尻が群響から引き出す明晰な音の動きがむしろスリリングな面白さを感じさせる。この第1楽章であまり長さを感じなかった、という経験は滅多にないが、――今日の演奏はその数少ない新鮮な体験の一つになった。これはお世辞ではない。

 この第1楽章があまりにリキの入った演奏だったので、いったいこの勢いが終りまで保つのかと心配になったほどだ。案の定、コーラスが入場するなど若干の「間」が採られたあとの第2楽章以降では――曲想の解放感という要素ももちろんあったけれども――やはりそれまでの気魄が少々薄らいだかな、という感がなくもない。
 それは、管楽器のソロに細かい破綻がいくつも生じて行ったためもあるだろう。

 だが、それを救ったのは、沼尻が採る快適に弾むリズム感である。特に第3楽章の主題では、その良さが生かされていた。
 そして、群響の弦の良さは、最終楽章(第6楽章)で存分に発揮される。楽章冒頭における清澄でしっとりした響き、あるいは大詰めのクライマックスへ登り行く個所での、緊迫度の強い張りのある音など、なかなか魅力的なものがあった。

 ポストホルン・ソロを含めた金管群、あるいは木管群なども健闘していたことは事実だが、細かい個所でポロポロとミスが出るのは、やはり困る。群響を聴いた機会は、東京での演奏を含め、これまで数知れずあったが、こんなに目立ったのは初めてだ。明日の桐生市民文化会館での「東毛定期」では、緊張から解放されてうまく行くだろうか・・・・。

 なお合唱は、群馬大学附属小学校合唱団と、東京から参加した東京音楽大学。アルトのソロは竹本節子。

 夜9時17分の「あさま」で帰京。10時12分東京着。10時45分帰宅。

    モーストリー・クラシック4月号 演奏会レビュー

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

http://concertdiary.blog118.fc2.com/tb.php/1282-de60ba59
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

«  | HOME |  »

























Since
September 13, 2007

これまでの来訪者数

最近の記事

お知らせ

●2007年7月以前のArchivesを順次、アップロード中です。併せてご覧下さい。
2007年7月
2007年6月
2007年5月
2007年4月
2007年3月
2006年8月
2006年7月

Category

ブログ内検索

プロフィール

リンク

News   

雑誌 モーストリー・クラシック に連載中
「東条碩夫の音楽巡礼記」